新年恒例の「90代現役」は、一つのことをずっと続け、自然体で生きてきた方の言葉をお届けします。2022年も良い年でありますように。今回は、詩人の谷川俊太郎さんにお話を伺いました。
【前回】「私はいまとっても自由」作家・澤地久枝さんに聞く「90代現役宣言!」
「死は生からの解放」
90歳 谷川俊太郎さん(詩人)
いまは流れる川のように生きています
17歳から詩作を始め、詩にとどまらず、散文、絵本、童話、翻訳、脚本、作詞など、さまざまな分野で活躍してきた谷川俊太郎さん。
ご自宅に伺った日も、谷川さんはパソコンに向かって仕事をしているところでした。
「詩人なんて呼ばれているけれど、詩だけでは食べていけないから、僕は若いころからいろんなことをやったんです。良い詩を書くより、妻子を養い、毎日を支障なく過ごせることが大切でした。一人になったいまも、日々の生活が何より大切です。還暦のときは少し年齢を意識しましたけれど、その後は、年齢を意識したことはない。川の流れと同じように自然の一部として生き、書いている。年を重ねると、自分が自然そのものだということがよく分かりますね」
執筆はパソコンで。
木が枯れ、枯れ葉が落ちるように、老いていくこと。
それも自然の一部だと谷川さん。
「僕の父(哲学者の谷川徹三氏)は94歳まで生きたんです。91歳のときにスペインの美術館に行くというので、僕も同行しました。ところが現地に着いたら、美術館に行かないと言い出した。飛行機に十何時間も乗って、疲れ果てたんでしょう。父はそれを認めたくなかったんです。僕はそのとき随分怒ったけれど、自分が90歳になったいまは、父の気持ちがよく分かる。もう少し、父に優しくしてあげたらよかったなと反省していますね。その点、息子(作曲家でピアニストの谷川賢作さん)は、僕によくしてくれるので、ありがたいなと思ってますね」
賢作さんとともに、音楽と現代詩を朗読するコンサートも行ってきた谷川さん。
いま、いちばん心癒やされるのは、音楽だそうです。
「言葉は意味を持つけれど、音楽は意味を持たないから素晴らしい。聴くのはクラシック。いまは、ハイドンの主張しない、無名性がいいですね」
クラシックを聴くのは、インターネットで見つけた好みの音楽サイトという谷川さん、なかなかのIT巧者です。
「僕は字が下手なので、ワープロが出たときに飛びついたの。パソコンを使い始めたのも早かったですね。ネットショッピングも使っています。僕はここまで大病せずにきたけれど、最近、足元がおぼつかなくなってきたので、室内で自転車漕ぎができる機械を、この前買いました。朝、昔教わった呼吸法で体操をして、自転車を少し漕ぐ。そうすると、体が気持ちいい。健康法なんて特にないですけど、体が気持ち良ければいいと思って続けていますね」
毎日、少しの時間漕いでいます
人間は一人が基本。でも、他人も必要だとコロナ禍を経験して分かりました。
そして、コロナ禍を経験したことで、気持ちのうえで大きな変化があったと言います。
「コロナ以前は、仕事で人との付き合いが多かったので、一人の時間が大切でした。ところがコロナで人と会わなくなると、たまに誰かに会えることがすごく楽しいわけです。やっぱり友達に会えないのは、つまらない。人間、一人で生まれて一人で死ぬので、一人が基本。でも、他人も必要だとコロナを経験して分かりました。友達とは長年付き合ってきた集積があるから、会えなくても寂しくはないんですよ。その人が自分の体に入っているから、たとえ死んでもいなくなった気はしないですよね。家族もそうでしょう。死は、生からの解放だと思っています。解放されて自然に戻るのだから、怖くない。ただ、死んだらどうなるのか、臨死体験をするのか? それが分からないことが、残念ですね」
そう言いながら、谷川さんは少年のように笑っていた。
取材・文/丸山佳子 撮影/原田 崇