すっきり起きれない、いびきがうるさくなったなど、歳を重ねてくると、誰でも大小さまざまな「睡眠」の悩みを抱えます。ただ、その悪い睡眠を放っておくと、思考力や集中力の低下を招き、仕事や生活が不安定になる恐れも。そこで「睡眠を変えれば人生が変わる」と説く医学博士・田中俊一さんの著書『45歳からは「眠り方」を変えなさい』(文響社)から、脳と体を老け込ませる「睡眠負債」をリセットする方法を連載形式でお届けします。
これから睡眠改革を始めていくわけですが、まずは、私の専門のひとつである「睡眠時無呼吸症候群」からお話を始めましょう。
おそらく、多くの方は、「私は睡眠時無呼吸症候群ではない」と思い込んでいるでしょう。睡眠時の無呼吸は、死に直結しかねない重篤な状態であるにもかかわらず、それとは気がつかずに放置されてしまっているケースが非常に多いのです。
「睡眠時無呼吸症候群の重症型」に当てはまる人は、日本だけで600万人にのぼる、というのが、私の考えです。体に負荷をかけてはいるものの、命の危機にまでは瀕していない「軽症型」も含めると、少なく見積もってもその倍か3倍くらいはいるだろうと思います。
つまり、日本人の約5%は「日々、命を縮めているくらい重症の、睡眠時無呼吸症候群」であり、約10~15%は「睡眠を変えることで、明らかに体が軽くなり、パフォーマンスがよくなる程度の、睡眠時無呼吸症候群」というわけです。
特に、
・ひどいいびき
・寝相が悪い(苦しくて目が覚める)
・夜中に、2回以上トイレに行く
・疲れ、イライラ、気が滅入る、集中できない
・妙に寝つきがいい(どこでも寝られる)
・脈が速い
・血糖が高い(または糖尿病)
・血圧が高い(または高血圧)
などの人は、高い確率で睡眠時無呼吸症候群だといえるでしょう。
特にいびきは、睡眠時無呼吸症候群の大事なサインですから、家族は聞き逃さないようにしたいものです。なお、この症状に、年齢は関係ありません。
先日も「息子のいびきがひどい」と、18歳の男子高校生を連れた母親がやって来ました。いびきがひどく、息が止まります。そのせいか、昼間もいつも体がダルくて、眠いことも多いと訴えていました。このお子さんにもやはり睡眠時の無呼吸症状があり、現在、治療を続けています。
睡眠時無呼吸症候群は中高年だけの問題ではなく、10代でも抱えている方はたくさんいます。お子さんでも、いびきがひどい、授業中などいつも眠ってしまう、勉強しているのに成績が上がらないなどの悩みを抱えている場合には、一度専門の医療機関にかかることをおすすめします。
治療率はごくわずか!睡眠時無呼吸症候群の怖い現実
ところで、重症の睡眠時無呼吸症候群の「600万人」という人数はざっくりとしたものですが、もちろん根拠はあります。
私は睡眠の他に、糖尿病の専門医でもあります。そこで長年にわたって、糖尿病と睡眠時無呼吸症候群の関係を横断的に調べてきました。すると、糖尿病の患者の約3人に1人が重症型の睡眠時無呼吸症候群を併発しているということがわかりました。
現在、糖尿病の患者数は日本人の10人に1人、約1000万人といわれています。その3人に1人、つまり300万人以上が「糖尿病であり、重症の睡眠時無呼吸症候群」だと考えられるわけです。
同様に高血圧の人も調査した結果、その約10%が重症の睡眠時無呼吸症候群を併発していました。
高血圧の患者数も、日本人の10人に1人、約1000万人といわれていますから、100万人は「高血圧であり、重症の睡眠時無呼吸症候群」です。合わせて400万人になります。
さらに、糖尿病でも高血圧でもなく、ただ重症の睡眠時無呼吸症候群という患者さんもいます。これまで見てきたのべ1万人の睡眠時無呼吸症候群の患者さんのうち、だいたい3分の1が合併症のない人たちでした。ということは、ざっくり見積もって、糖尿病も高血圧もなく重症の睡眠時無呼吸症候群という人が200万人くらいいる計算になります。
これらをすべて足し合わせたのが「600万人」という数字ですが、おそらくこれはかなり少ない見積もりだろう、というのが、日々治療にあたっている感触です。
一方、日本全国で睡眠時無呼吸症候群の治療をしている人は、たったの30万人です。つまり、重症な方のうちたったの5%しか、睡眠時無呼吸症候群の適切な治療を受けられていないのです。
なぜ睡眠時無呼吸症候群の治療率は、たった5%に過ぎないのか
なぜ睡眠時無呼吸症候群のうち、95%もの人が治療にたどり着けていないのか。それには理由があります。
睡眠時無呼吸症候群の治療には、もちろん健康保険が適用されますが、診断され、保険のもとで治療を受けるためには、「2泊」の検査入院が必要です。実際に眠らないと睡眠の状態は確認できないわけですから、それは当たり前のことといえるでしょう。
一方、全国には50ほど大学病院がありますが、各病院の睡眠検査用のベッドは、置かれていないか、あってもせいぜい数床です。
1カ月に20日間稼働させたとしても、ひとつの大学病院が1カ月で検査できる人数は、20人程度。この計算だと、全国の大学病院が1年間で検査できる人数は、多くて1万人程度、ということになります。
全国に600万人の患者がいるとして、年間1万人しか検査できないとしたら、全員が検査を終えるまでには「600年」もかかることになります。
睡眠時無呼吸症候群の治療は、実は将来の糖尿病や高血圧の予防にもつながる重要な予防医療なのですが、残念ながら日本は予防医療後進国。まだまだ十分とはいえないのが現状なのです。
ちなみに、私が2008年に横浜に開院したクリニックには、検査用のベッドのある部屋を10室備えることにしました。大学病院10軒分、日本で最大級です。それでも600万人の患者さんをみるには、私の寿命ではとうてい足りません。
『自分の睡眠に違和感のある方は、積極的に検査のためのドアを叩いていただきたい』と思います。漫然と待っているだけでは、その機会は絶対にやってこないのです。
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