片づけのためには「モノを捨てる」必要があると思っていませんか? 5000軒以上の家を片づけてきた古堅純子さんは、「モノを捨てなくても、一生散らからない空間は実現できる」と言います。そこで、古堅さんの著書『シニアのための なぜかワクワクする片づけの新常識』(朝日新聞出版)より、「夢と希望を生み出す片づけのヒント」を連載形式でご紹介します。
「何がしたいのか」がわからないときは
でもこの家をどうしたいのか、何をやりたいのか、どんな空間をつくりたいのか、すぐにイメージできる人が少ないのも事実です。
高齢者やシニアの方の家に行って、「この家をどうしたいですか?」と聞いても、「はあ?」という顔をされることがよくあります。
「この年になって、今さら夢も希望もないわよ」と言われることもしょっちゅうです。
モノだらけの不本意な空間で長く暮らしているうちに、そもそも自分が何をやりたかったのか、どんなところに住みたかったのか、どうすればワクワクして暮らせるのかわからなくなっているのです。
そんなとき、私がよくやるのは、その家に多くあるモノに注目することです。
どの家でも好きなモノほど、増える傾向があるからです。
釣りが好きな人の家には釣り竿などの釣り具がたくさんあります。
料理や食べることが好きな人の家には鍋や食器がたくさんあります。
コーヒーカップやお酒のグラスが多い家は、人を呼んで、おしゃべりしたり、お酒を飲むのが好きなはずです。
洋服やアクセサリーが多い家はおしゃれに関心があって、着飾って外出するのが好きなのだなあと思います。
そういう大好きなモノを中心に片づけを考えれば、ワクワクする片づけになります。
ある独り暮らしの老婦人のお宅に、片づけの依頼でお邪魔したときのことです。
その家はとにかくモノが多くて足の踏み場もありませんでした。
なかでも多かったのが、湯飲み茶碗です。
ざっと数えただけでも100個はゆうに超えていたでしょうか。
「お母さん、お茶、飲むの好きなの?」と聞くと、「いや、別に好きじゃないけど、お客さんが来たら、お茶をいれなきゃいけないから」と答えます。
その人は近所の人と一緒にお茶を飲みながら、おしゃべりするのが好きだったのです。
それにしても100個も湯飲みはいらないのでは?
100人もお客さんが来るわけはないだろう、とつっこみを入れたくなりましたが、それを言ってしまったら おしまいです。
「夢と希望」大作戦にはなりません。
私はその人にこう言いました。
「だったら、なるべくたくさんの人とお茶が飲めるように、この家を素敵なおうちに変えましょうよ」
老婦人は不安そうに「そんな家にできるかしら」と言うので、
「大丈夫ですよ。これから一緒に片づけて、一軒家のカフェみたいに素敵なおうちをつくりましょう」と励ますと、急にワクワクした顔になりました。
片づけている間も、
「カフェみたいになるかしら」
「本当にカフェをやろうかしら」と〝妄想〞がどんどんふくらみ始めたのです。
そして
「カフェにそれはいらないわ」
「それも私のカフェには似合わないわ」とどんどんモノを捨て始め、最終的に1トンものゴミを出したことがありました。
何が好きかわからない。
どんな家、どんな空間をつくったらいいかわからない、というときは「何が一番捨てられないの?」と、聞いてみるのがいいでしょう。
なかなか捨てられないモノ、最後までこだわってしまうモノが、その人の好きなモノ、やりたいことに関するモノである確率が高いのです。
ここを攻略すると希望の光が見えてきます。
大好きなモノをあきらめない 好きなモノがわかったら、好きなモノを生かして、好きなことができる空間をイメージするのです。
それこそワクワクする暮らしがイメージできる空間です。
その空間をゴールにして、片づけを始めます。
捨てるのがゴールではありません。
好きなモノを生かす暮らし、幸せな暮らしをつくるのがゴールです。
こんな例がありました。
まだ手のかかる男女の兄妹がいる共働きのお宅です。
家の中は子どもたちのおもちゃや洗濯物、食べ残しのお菓子や保育園の道具などが散乱していました。
子どもたちのお父さんは仕事が忙しく、深夜近くにならないと家に帰れません。
必然的に定時退社できるお母さんに、家事、子育てすべての負担がのしかかっていたのです。
お母さんが家事育児に奮闘している痕跡はあちらこちらに見受けられましたが、いかんせん、子どもたちのパワーに圧倒され、力つきてしまった様子です。
私はその家の家事動線を整え、最小限の労力で家事ができるよう、家事の仕組みを整えました。
でもここでふれたいのは、そのことではなく、疲労困憊していたお母さんが、疲れをいやせる安らぎの空間をつくったことについてです。
その家のある部屋にマンガ本が積み上げられているのを、私は発見しました。
「マンガが好きなんですね?」と聞いてみると、お母さんが恥ずかしそうに「マンガ本、多いですよね。これでもけっこう捨てたんです」と言うのです。
私はちょっと驚いて「でもマンガ、好きなんですよね?どうして捨てたんですか?」と聞くと、
「だって、こんなにいっぱいあったら、しまう場所もないし」と答えます。
お母さんは、ずっと自分を犠牲にしていたのです。
家の中がぐちゃぐちゃで、リビングにはモノがあふれていて、片づけなきゃと思うのですが、フルタイムで働いていて、思うようにそれができない。
しかたないので、少しでもモノを減らそうとして、自分の大好きなマンガ本を捨てていたのです。
「でもマンガが大事で、マンガが大好きなのに、どうして捨てなきゃいけないの?あなたは子どものためだけに人生を生きているわけではないですよね。子どものためにどうして自分の大好きなモノをあきらめるんですか?それでは悲しすぎます。マンガ本をしまう場所をつくりましょうよ?」
最初、お母さんの反応は半信半疑でした。
大好きなマンガ本を捨てずに、読書部屋をつくる
マンガ本の場所を探して、家の中をあちこち見て回ると、屋根裏に収納部屋があるのを発見しました。
そこには引っ越しのときに入れっぱなしにしていた段ボールや使っていないモノたちがいっぱい入っていました。
「ここにあるのは、大好きなモノですか?」と聞くと、
「いえ、そんなことはありません。何が入っているかもわからないし」と答えるので、
「じゃあ、それ、一回おろしましょう」と、収納部屋の段ボールやモノたちを全部外に出してみました。
すると収納部屋が、小さな一人暮らしの部屋くらいはある広さだったことがわかったのです。
「ここをマンガ部屋にしましょう」と私が提案すると、お母さんはびっくりして「マンガなんか、いいんですか?」と不安そうな顔をします。
「だって、マンガが大好きなんですよね。たまにはゆっくりマンガを読む一人の時間がほしくないですか?」と聞くと、「はい、ほしいです。だからいつも、電車の中で『やっと一人になれた』とほっとしています」と答えるのです。
「電車の中?」と私は思いました。
「意味がわかりません。電車の中じゃなくて、自分の家の中にそれがあったらうれしいでしょ?」
そして屋根裏の収納部屋にマンガ本をみんな上げて、壁一面に並べて、座いすと照明を置いてみました。
すると、マンガ喫茶より素敵なこぢんまりしたマンガ部屋ができあがったのです。
お母さんは自分だけの部屋ができたのを見て、うれしくて、泣きだしてしまいました。
こんなふうに、大好きなモノで囲まれた空間をつくると、幸せにすごせる時間が生まれます。
「うちには収納部屋なんてない!」
「そんなに部屋数はない!」と言う人でも大丈夫です。
ひと部屋がなければ、片隅でもかまいません。
リビングのはしに自分の好きなモノだけを置いたスペースをつくるだけでも、夢が現実になります。
大好きなモノを集めた空間を!
Before
片づけきれずに何年も放置されたモノ
After
大好きなモノに囲まれた、一人で落ち着ける空間に
目の前にあるモノは大好きなモノ
そのマンガ好きなお母さんの話に戻ると、結局、今まで収納部屋に入れていたモノは「全部いりません」ということになって、処分してしまいました。
引っ越しして来て以来一回も使わなかったモノたちなので、そもそもいらなかったのです。
本当なら、大好きなマンガ本を捨てる前に、どうでもいい収納部屋のモノを先に捨てるべきでした。
でも人はどうしても目につくモノ、目の前に出ているモノから捨てようとします。
しかし部屋の中に出ていて、目の前にあるモノは、意外と自分が好きなモノが多いのです。
洋服があふれている人は、洋服が大好きです。
だから目の前に洋服を置きがちになって、部屋が洋服だらけになり、その洋服を捨てようと頑張るから、なかなか片づけられない。
その悪循環のくり返しです。
でも目の前の大好きなモノを捨てるのではなく、それをもっと生かすような空間をつくる。
そのための片づけなら、前向きに動けるはずです。
洋服が大好きなら、洋服がもっと喜ぶような並べ方をしてみましょう。
カップが好きなら、喫茶店のようにきれいにカップを並べてみるとか、幸せな時間がすごせるような空間をめざして、片づけに取り組めばいいのです。
今の時代、「モノを減らすこと=片づけ」という風潮が広がっていますが、捨てることから始める片づけや、夢を奪うような片づけはしてはいけないと私は思います。
夢がなければ、幸せを感じることもできません。
片づけとは、好きなモノを捨てたりあきらめたりして、寂しさのなかで暮らすことではないのです。
私が行く家は、みな喜んでモノを捨てるようになります。
でもそれは「捨てる」が先にあったのではなく、大好きなモノを残していった結果、それらを輝かせたくて、いらないモノを喜んで捨てるようになるのです。
「捨てる」が先にあるのではなく、好きなモノを生かす空間をつくれば、あとからオマケでついてくる......。
順番が逆、ということです。
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