相続、介護、オレオレ詐欺...。年を重ねるにつれ、多くのトラブルに巻き込まれるリスクがありますよね。そこで、住田裕子弁護士の著書『シニア六法』(KADOKAWA)より、トラブルや犯罪に巻き込まれないために「シニア世代が知っておくべき法律」をご紹介。私たちの親を守るため、そして私たちの将来のための知識として、ぜひご一読ください。
【事例】
認知症の高齢者(91歳男性・要介護4)が徘徊中、駅のホームから無施錠のフェンスを乗り越えて線路に侵入し、走行中の電車と衝突して死亡。これにより、鉄道会社には運行上の大きな損害が生じました。高齢者の自宅には高齢の妻(85歳、要介護1)がいましたが、夫が外出したことに気付きませんでした。その長男は遠距離地で生活しており、20年来同居していません。
線路への侵入による事故
これは実際にあった事例ですが、これまでの説明のとおり、認知症の人は民事責任を負いません。
では、その家族は責任を負うことになるのでしょうか?
民事責任を検討するうえでのポイント
損害となるのは?
遅延になると、列車の再手配や連絡通信などの費用が生じます。
一方、乗客への遅延による損害賠償責任については、乗客と鉄道会社との間の旅客運送契約により、損害賠償責任は負いません。
しかし、不幸にも人身事故に発展してしまった場合には、車両や敷地内の修復・清掃費用、その他の手続き費用を負うことになります。
過失相殺は?
鉄道会社の安全設備に落ち度・過失があれば、「過失相殺」が認められます。
冒頭の事例ではフェンス扉の施錠が十分にされておらず、損害の公平な分担を図るためとして1、2審では5割の過失相殺が認められました。
家族の責任は?
1、2審ともに、法定監督義務者であるとして妻・子どもに損害賠償請求を認めました。
しかし平成28年3月1日、最高裁判所は《妻と子は「法定の監督義務者」や「監督義務者に準じる立場(事実上の監督者)」ではなく、責任は負わない》として、棄却しました。
《責任を負う「法定の監督義務者」等とは、「家族である」ことで決まるのではなく、監督することが可能であり、かつ容易にできたかどうか》を、総合的に考慮して判断したのです。
一般的な判断要素は次のとおりです。
冒頭の事例に当てはめてみましょう。
①その人自身の生活状況や心身の健康状態→重度の認知症で要介護4。判断能力が低下しており、日常生活においても支障が生じていた
②責任能力を欠く本人との関わり(親族関係・同居または日常的な接触・財産管理への関与の有無など)→要介護1状態である85歳の妻が同居しているが、妻自身の自立がやや困難。遠隔地に住む子はときどき訪問しているが日常的な接触はなく、関与はほとんどなし
③責任能力を欠く本人の心身の健康状態や問題行動の有無・内容→ときどき不意に外出するため、外出を知らせるブザーを設置するなどしており、以前から問題行動があった
④保護や介護の実態→日常的に接する妻も、対応がおぼつかなかった。子は、ときどきの訪問程度である
このケースでは、鉄道会社は、この事故の損害に耐えうる資産等がある一方、妻らの支払い能力・経済状況なども総合的に考慮されました。
しかし、被害者側の一家が大黒柱を失うなど、大きな被害があるときに、誰も責任を負わず、被害者は泣き寝入り......というのは極めて理不尽です。
今後、このような事件・事故が増加するのであれば、加害者になったときに備えた損害賠償の対応のための「認知症・損害賠償責任保険」が考えられます。
いくつかの自治体で動きはじめており、これからの課題といえるでしょう。
【その他の条文】
民法 第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
第1項 前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能 力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責 任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくて も損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
イラスト/須山奈津希
ほかにも書籍では、認知症や老後資金、介護や熟年離婚など、シニアをめぐるさまざまなトラブルが、6つの章でわかりやすく解説されていますので、興味がある方はチェックしてみてください。