『92歳、好き放題で幸せづくし』 (粟辻早重 /KADOKAWA)第5回【全8回】
92歳になった現在も、デザイナーとして創作活動に忙しい日々を過ごす粟辻早重さん。彼女の著書『92歳、好き放題で幸せづくし』(KADOKAWA)は、大人世代がその先の人生を自分らしく彩るためのヒントが詰まった一冊です。驚くことに、粟辻さんが陶芸やギターに挑戦したのは90歳を過ぎてから。日課の縄跳びや散歩も、「健康を維持しなきゃ」という義務感からではなく、「自分が楽しいから」続けています。食事もまた、献立をスケッチして器を選ぶ時間を慈しむような、丁寧な暮らしを大切にする一方で、大好きなコーラやカップ麺も我慢しません。年齢という枠を軽やかに飛び越え、今この瞬間を味わい尽くすその姿は、私たちに「老い」への希望を届けてくれます。
※本記事は粟辻 早重 (著)による書籍『92歳、好き放題で幸せづくし』から一部抜粋・編集しました。
「仕事」のプレッシャーもときには必要

展覧会目指して制作中のデッサン。「気になる男」の顔を描いています。
最近の私は、ほぼ毎日「男の顔」を描いています。10分で描き上がるものもあれば、何枚描いても気に入らないものもあります。
私がせっせと描いているのは、1年後あたりを目安に展覧会を開く予定だからです。会場には50~70点ほどの作品を展示したいのですが、今のところ、完成しているのは14点。まだまだ描かなければ!
絵を描くのは好きですが、単なる趣味だったら、こんなに頑張る必要はありません。マイペースで楽しめばいいのに、なぜあえてストレスを抱え込むようなことをするの?と思う人もいるかもしれませんね。
考え方は人それぞれですが、私の場合は、生活の中にちょっとピリッとした部分があるほうが好き。だから絵を描くのも、ただ「楽しい」だけだと物足りないんです。
若い頃、百数十体の人形を展示する展覧会を企画したときは、準備に4年以上かかりました。準備期間は長かったけれど、展覧会という「山の頂上」がはっきり見えていたから、そこを目指してコツコツ制作を続けることも楽しめました。

小さくなった色えんぴつは、夫が使っていたもの。私が大切に引き継ぎました。
もちろん大変なこともあるし、プレッシャーも感じたけれど、それを越えていくことがなんだか気持ちがいいんです。苦しいと思ったことはなくて、むしろ「やらねばならない」ことが気持ちに張りを与えてくれました。その感覚は、今も同じです。
私にとって仕事の喜びは、シンプルに「うまくできた!」と感じられること。今なら「ああ、佐藤健さんの顔がかっこよく描けたわ」なんて瞬間です。
どんなに描き続けても技術的に成長しているとは思わないし、年齢に応じて記憶力だって落ちていくし。でも、いつだって「過程」を楽しむことはできます。

次に描きたいのは、藤井風さん。リリー・フランキーさんも、なんだか気になっています。
制作活動は、「作ること」そのものに意味があります。できあがった作品が誰かから認められるより、自分が気に入るものを作り出せたときのほうがずっとうれしいんです。
イメージをふくらませ、手を動かしながら試行錯誤しているときこそ、最高の時間です。「どうしようかな」「これでいいのかな」なんて、気持ちがグラグラ揺れ動く。そのときは悩んだりもどかしかったりするけれど、実はその揺れこそがもの作りの楽しさなんです。
たとえば、机の前で描いているときは「うん、このさだまさしさんはいいわ!」と思ったとします。でも、同じものを離れたところから見直してみると「あら? ぜんぜん似てないかも?」とがっかり。日々、そんなことの繰り返しです。
でも、あやふやな気持ちで取り組んでいる今が、いちばん楽しい!
いったん方向性が決まると、ノルマをこなさなければ......という責任感が強まって、おもしろさが少しだけ減ってしまうんです。
悩んで迷ってグラグラ揺れる楽しさを味わうためには、やっぱり自分を少し追い込むことが必要。だから私は目的を決め、「仕事」として作品作りをするんだと思います。






