仕事や子育てもひと段落したけど、新しく何かにチャレンジすることをためらってはいませんか?そんな人に向けて、『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』(大野正人/文響社)から、誰もが知る偉人たちの大失敗エピソードをお届け。歴史に名を残す偉人の驚くべき逸話が、あなたの人生の「新しい発見」を後押ししてくれるはずです。
正直すぎて炎上した
【人物】与謝野晶子
【出身地】日本
【どんなことをした人?】歌人、作家
明治時代。今から百年ほど前のこの時代は、今とちがい、男は外で働き、女は家を守るのが当たり前。それどころか、女性は自分の気持ちを大っぴらに語ることすら、ほとんどゆるされない。そんな時代でした。
でも、与謝野晶子は、語りました。自分の心を、自分の思いを、熱く美しい言葉にのせ、多くの人に見せたのです。たとえば、下の歌を読んでみてください。
髪五尺
ときなば水に
やはらかき
少女(おとめ)ごころは
秘めて放たじ
これは、与謝野晶子が初めて出した歌集『みだれ髪』にある歌のひとつです。ちょっとわかりづらいですが、今の言葉にするとこうなります。
シャンプーで
サラリとほどける髪きれい
それでも乙女は
心語らず
意味は「わたしはこれだけ髪を美しくしているの。あなたのために。でも、あなたへの思いを語ることは、決してありませんのよ」といった感じです。
このように、短い言葉で、深い心の内を表すのが「歌人」の仕事。与謝野晶子は、明治から昭和にかけてかつやくした、女流歌人です。『みだれ髪』で、恋する女性のおくゆかしい心を美しく表した晶子は、人気作家となり、その後も多くの作品を発表しました。
歌以外にも、千年以上昔に書かれた小説『源氏物語』を当時の言葉に直したり、日本で初めて男女がいっしょに学ぶ学校作りに参加したりと、パワフルな一生をすごしました。
でも、女性が心を語ってはいけない時代だったからか、こんな失敗もけいけんしています。
あゝおとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや
『みだれ髪』を発表してから3年後の1904年、晶子は戦争に行ってしまった弟のことを思い、ひとつの歌をよみました。それが、上にある「君死にたまふことなかれ」です。わかりやすい言葉に直すと、こうなります。
「戦争に行ってしまった弟。どうか死なないでください。末っ子として生まれ、親からたっぷり愛をもらって育った弟。24才まで育った中に、人を殺せという教えはあったでしょうか?人を殺して、自分も死ね。そんなことを教わっていたでしょうか?」
大切な人を戦争に取られた人なら、だれもが感じる悲しみとやりきれなさが、見事に表されたこの歌は、ざっしにのると、やはり大きなはんのうが返ってきました。
「こんなの歌でもなんでもない!」
「こんな歌を歌うなんて、日本人じゃない!」
「はんざい者として、バツをあたえてほしい!」
なんと、返ってきたのは悪口ばかり!
晶子は、この歌を発表したことで、日本中からせめられ、はんざい者とまで言われてしまったのです。
なぜ、こんなことになってしまったのでしょう。じつは、このころ、日本は中国との戦争に勝ち、続いてさらに大きな国、ロシアと戦っていました。この戦争に勝てば、世界から「りっぱな国」とみとめてもらえる。だから、みんなで戦争をがんばろう!そう思うことが当たり前の時代でした。
そんな中、戦争に反対するともとれる歌を発表したため、晶子は、多くの人の反感を買ってしまったのです。
しかし、そんな声に負ける晶子ではありません。すぐに、こんなふうに言い返しました。「戦争で死ねと言うこと。それが教育だからと、当たり前のように言うこと。そのような考えのほうが、よっぽどきけんです」
たしかに、生きることや死ぬことを、自分の考えもなしに「戦争なんだから当たり前」ですませてしまうなんて、おそろしいことです。
また、自分の歌人としての心がまえについても、はっきりと伝えました。「わたしは、まことの心をまことの言葉で表すことしか、歌の作り方を知りません」
正直な心を美しい言葉で表したとき、その言葉は人の心にささります。反対に、うその心をどんなに美しい言葉で表しても、人の心にはとどきません。そう、正直な心から生まれた言葉だけが、人の心にささる歌をつむげるのです。
しかし、心にささる言葉は、ときに、ささった人をこまらせることがあります。それは、その人が自分の心にうそをついているとき。
晶子の「君死にたまふことなかれ」の言葉は、じつは「戦争は正しい」と信じる人たちの心にも、グサリとささりました。しかし、その人たちは、自分の信じるものがまちがいだとは思いたくないため、一度心にささった言葉を、必死にぬこうとしたのです。
心にささった言葉をぬくためには、その言葉をうそにするしかない。だから、戦争にさんせいする人が多かったこの時代、晶子はたくさんの人から「お前はまちがっている」と悪口を言われてしまったのです。
でも、これ、晶子は何も悪くないですよね?
晶子は、自分の正直な心を、そのまま歌にしただけ。このように、自分は何も悪くない失敗の場合、じつは、失敗そのものをチャンスに変えることができます。
じっさいに、晶子は言われた悪口のおかしなところをしてきし、さらに、自分の歌を作るときの心がまえをハッキリしめしたことで、歌人としての地位を高めることに成功したのです。
「それって、わたしが悪いの?」
そう思えることが起こったら、まず、自分の行動をふり返ってみましょう。もし、そこにあるのが正直な心だけだったら、その失敗は、チャンスにすがたを変えてくれるかもしれません。
イラスト/死後くん
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