カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力

熊本県沖の海に浮かぶ諸島・天草。

日本に渡り繁栄したキリスト教が、約250年間に及ぶ弾圧時代を乗り越え、奇跡の復活をとげた歴史ある地です。そこには、島民の暮らしに受け継がれる祈りの心があります。そんな天草の魅力をお届けします。

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東シナ海に面する、天草の西海岸・下田温泉から望む夕日。人々の祈りの心を映すような美しさ。

 
天草市河浦町﨑津の﨑津集落は、羊角湾の入り江にあるのどかなこの漁村。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として、2018年に世界文化遺産に登録された12の資産のうちの一つです。江戸時代、幕府によるキリスト教禁教下において、人々が密かに信仰を継承していたことを示す、多くの遺跡や暮らしの風習が残っています。

歴史を振り返れば、天草にキリスト教が伝わったのは大航海時代の1569年。ポルトガル人宣教師、ルイス・デ・アルメイダの布教活動で島民の約7割が洗礼を受けたといわれています。豊臣秀吉がキリスト教の影響を恐れて伴天連追放令を出しましたが、禁教は徹底されず、信仰は静かに続きました。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p007_02.jpg﨑津教会の敷地内にひっそりとたたずむマリア像。

 
激しい弾圧が行われたのはその後。江戸時代になると、鎖国に踏み切った幕府は仏教帰依政策を遂行。外国人を国外追放し、宣教師もいなくなります。キリシタンたちは寄りどころとなる指導者不在のまま、独自のやり方で信仰を守り続けることになるのです。そう、表向きは仏教徒や神社の氏子として振る舞い、時には絵踏(えふみ)を余儀なくされながら、潜伏キリシタンとして...。

潜伏していることが発覚したこともあります。
ある年のクリスマス、牛肉や魚肉を祭壇に供えたことがきっかけでした。代官所の役人が取り調べを行い、﨑津集落にある諏訪神社の箱に、信心具を全て投げ捨てるよう指示されたのだそうです。この出来事は「天草崩れ」と呼ばれます。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_07.jpgキリシタンが仏教徒を装い、密かに"あんめんりゆす(アーメン、デウス)"と唱えていたという﨑津諏訪神社。


 
そんな歴史を象徴するのが、小さな漁村を見守るようにたたずむ﨑津教会。鎖国が解かれてからも苦難は続きましたが、やがて1873年に明治政府が禁教の高札を撤去。1934年に建設されました。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p007_05.jpg「海の天主堂」とも呼ばれる﨑津教会。設計は鉄川与助氏。コンクリートと木造部分が混在するのは、予算不足のためと考えられている。

 

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p007_03.jpg集落のシンボル・ゴシック様式の﨑津教会の窓。

 

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p007_04.jpg畳敷きの静かな教会内部。
﨑津教会内部の写真提供/﨑津教会 撮影/小林健治 ※教会内部は撮影できません。

 

祭壇が置かれたのは、弾圧時代に絵踏が行われた庄屋役宅跡。当時のハルブ神父の希望だったそうです。悲しい過去の記憶を忘れず、胸に刻んで進んでいこうという思いが伝わります。

時代が変わったいまも、﨑津教会は人々が祈りを捧げる神聖な場であり続け、静かで厳かな空気に包まれています。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_08.jpg数軒ごとにある幅90㎝足らずの小道(トーヤ)。

 
﨑津集落を散策すると、人が1人歩けるほどのトーヤと呼ばれる小道が目に留まります。その先には海。ここにはキリスト教を信仰する漁師も多く、船にマリア像や十字架を祀っている方もいるそうです。


カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p007_01.jpg海にせり出す竹やシュロが組まれたテラスのようなものは漁師の作業場・カケ。漁村ならではの景色。

 
人々の祈りの心はほかにも。例えば、立ち寄ったカフェで見つけたのは、コーヒーカップのソーサーに彫られた十字架。古いたんすにはマリア像やロザリオ(数珠状の祈りの用具)が。その自然な在り方が、信仰と暮らしの近さを物語っています。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_01.jpgカフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_02.jpgカフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_03.jpgカフェにあったマリア像、ロザリオ、ソーサーの十字架。

 
家の軒先に一年中しめ縄を飾ったり、外から見える場所に仏壇を置いたりする風習もあるとか。キリシタンであることを隠すためだった切実な行為が暮らしに溶け込んでいるのです。

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_04.jpg﨑津集落を案内してくれた天草宝島案内人の会の亀子研二さん。ガイドの申し込みは下記参照。

 

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_05.jpg祈りの用具、メダイ〈﨑津資料館みなと屋内〉。見つからないよう柱の中に収めたもの。アワビなどの貝殻の内側の模様をマリア像に見立て祈る習慣もあった。

 

カフェにもマリア様が。祈りの息づく島・世界遺産「天草」の魅力 1906_p008_06.jpgマリア像が立つ日本家屋は木造の旧﨑津教会。

 

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﨑津教会
住所:熊本県天草市河浦町﨑津539
電話:0969-78-6000(﨑津集落ガイダンスセンター)
時間:9:00~17:00
料金:なし
休み:教会行事のため臨時休館あり ※拝観は要予約、撮影不可

﨑津資料館みなと屋
住所:熊本県天草市河浦町﨑津463
電話:0969-75-9911
時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
料金:なし
休み:12月30日~1月1日

一般社団法人天草宝島観光協会
住所:熊本県天草市中央新町15-7 天草宝島国際交流会館ポルト内1階
電話:0969-22-2243
※﨑津地区の散策の際、地元の方のガイドをご希望の場合は、こちらで申し込みができます。基本料2,000円+1,000円/60分~


 
取材・文/飯田充代 撮影/小田崎智裕 マップ/小林美和子 協力/天草宝島観光協会

 

 
この記事は『毎日が発見』2019年6月号に掲載の情報です。
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