「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行

三蔵法師が歩いた道のりを、旅行作家の下川裕治さんが辿ります。今回の舞台はフンザ(中心地はカリマバード)。20時間以上車に揺られて行き着いた先は、桃源郷でした。

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フンザの谷を守る努力を住民たちは惜しまない

なぜ、彼らはこんな山奥に住みはじめたのだろうか。揺れるバスの中で思いを巡らせていた。

パキスタンの首都、イスラマバードをたったバスは、17時間近く走り続け、ようやくカラコルム山脈に抱かれたギルギットに着いた。そこで小型バスに乗り換える。車はカラコルム・ハイウェイを北上していく。

「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1901p110_03.jpgフンザの谷。雲に隠れているが、正面には標高7,788mのラカポシがフンザを見下ろしている

 

「あと3時間......」
窓から顔を出し、切り立った岩肌の上に広がる青空を見上げ、ため息をつく。フンザは遠い。

この風景?

ようやく着いたフンザの中心であるカリマバード。少年が縁石に座ってバスを待っていた。その背後に広がるのびやかな谷。フンザの風景の優しさに、人々がこの土地を選んだ理由を重ねてみる。

「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1901p110_05.jpgフンザの谷を見下ろす。観光客も多い

 

あまりに穏やかな風景を、ここに来た旅行者は桃源郷と名付けた。日本人は「風の谷のナウシカ」を連想する。「風の谷」のモデルがフンザではないかという話があるからだ。

坂道の周りにバザールが続いていた。そこを上っていくと、ひと筋の水路に出た。7000m級の山々の雪解け水が勢いよく流れていく。水路に沿ってポプラの並木が続く。水路は途中で枝分かれし、畑を潤していく。木々には小ぶりの赤いリンゴが実っている。

「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1901p110_01.jpgフンザの中心、カリマバード。バザールは坂道に沿って続いていた

 

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坂道の傾斜具合。この写真から推測を 

 

水......?
この土地に住むことを決めたのは、豊富で清冽(せいれつ)なこの水の存在だろうか。

初めてフンザを訪ねたのは30年ほど前のことだ。その頃、カリマバードではたばこを吸うことができなかった。

「皆で決めたんです」
古老が教えてくれた。そういうことなのかもしれなかった。フンザの暮らしは、水路の一部が崩れただけで保つことができなくなる。人々は、谷を守る努力を惜しまない。谷の風景から伝わる優しさは、そんなフンザの人々の意識に支えられている。そして、その風景が語りかける。パキスタンの首都、イスラマバードから車で20時間以上かかる山の中でも、こんなにのびやかに暮らすことができるのだ......と。

「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1901p111_01.jpg老人たちを記念撮影。皆がかぶる帽子が欲しくなった

 

フンザにはシルクロードが通っている。ギルギットからの小型バスに乗っていたとき、近くにいた乗客が、フンザ川の対岸を指さした。崖に白いペンキで、「OLD SILK ROUTE」と書かれていた。よく見ると、その下に細い道が見えた。昔の道だった。
 
40年ほど前にカラコルム・ハイウェイが開通した。シルクロードの時代をはるかに上回る文化や物資が谷に流れ込んできた。その中でも、フンザの人々は谷を守り続けてきた。

「風の谷のナウシカ」を思わせる地・フンザ。谷を守り続ける里人の優しさに触れて/旅行作家 下川裕治さんのシルクロード紀行 1901p111_05.jpgフンザでは目が合うと必ず笑顔の挨拶

 

玄奘三蔵はインドからの帰路、フンザに寄っている。ここから標高が4500mを超える峠を越え、中国に戻っている。おそらく玄奘もまた、優しい谷の暮らしを目にしているはずだ。

 

写真/中田浩資

 

 

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)さん

1954年、長野県生まれの旅行作家。バックパックを背負いながらアジア中心に世界各国を歩いている。

この記事は『毎日が発見』2019年1月号に掲載の情報です。

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