空海を主人公に、壮大なイマジネーションで描かれた『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』。2004年に出版されたこの小説が、日中共同制作の映画になりました。唐(とう)の都・長安(ちょうあん)を舞台に壮麗な映像美で描かれるのは、空海や白楽天(はくらくてん)、玄宗皇帝(げんそうこうてい)や楊貴妃(ようきひ)が登場するミステリータッチの謎解きエンターテイメント。原作者の夢枕獏さんにお話を伺いました。
この物語の空海は、真言宗の開祖というだけではない深みや広がりを感じさせ、私たちの尽きせぬ興味を誘います。そんな空海像はどんな経緯で、どれだけの時間をかけて描かれたのでしょうか。
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当時の長安は100万人の住む国際都市
―映画を観て、さらに小説を読むと、真言宗の開祖というだけでなく、空海はこんなに広がりのある人物なのかと驚かされます。遣唐使船で唐にわたり、密教を体得して日本に帰ってくるまでに、小説では陰陽師的なことにも精通していたところが描かれていて、映画でもそんな空海の謎解きがスリリングに展開していきます。
夢枕 僕の小説は半分ファンタジーですし、小説を書くために作ったキャラクターではあるのですが、空海が実際にやったことをいろいろ見ていたら、こんな人物だったのではないかと立ち上がってきたんですね。多少、ネタとして盛っていますが(笑)、あながち遠くはないのではないかと思っています。
―高校時代から、空海に興味をもっていらしたそうですね。
夢枕 空海は、日本が生んだ最初の"世界人"だと思うのです。日本列島だけでなく、宇宙と地球、人間と他の生き物、いろいろな時間と空間の中で、自分の存在とはいったい何なのか。それについて、インド的な細かな論理を積み重ねた果ての世界観を持っていた。なおかつ世界人としての教養の全てを備えていた。だから、きっと寂しかったと思いますね。日本は小さな国ですから。空海を深く理解できる人が、一人でもいたら良かったのですが。長安にいた方が、孤独ではなかったと思いますね。
―空海が渡った当時の長安は、国際都市ですものね。小説の中でも、その描写が面白いです。
夢枕 100万人都市で、そのうち30万人が外国人。世界中の宗教が集まって、西の果てはローマ帝国ですからね。ローマ帝国の情報も入ってきて、世間が動いているのがわかる。空海も面白かっただろうし、ここで才能を生かしたいと思っただろうと思います。様々な宗教観が混ざり合う長安を舞台に、微妙な宗教論争を小説中の空海にさせるのが面白かったですね。
執筆に17年かけて―良かったですね
―楽しく読める小説ですが、その中にとても深い真理が描かれていて、世の理(ことわり)を知るような面白さがあります。あの域にはどうやって達されたのですか?
夢枕 もともと密教とか、そういう世界が大好きだったんです。いま思うと、この小説を2~3年で書き上げなくて良かったなと。17年かかって書き上げた時に、知り合いのお坊さんに言われたんですよ。「良かったね、17年かかって。その間に成長しているから」って(笑)。
第4巻の「結の巻」で(空海に密教を伝授した唐の青龍寺の僧である)恵果(えか)が空海に言うんです。「心の深みに下りていくと、自分もいなくなり、言葉も消え、火や水や土や生命そのものが、もはや名付けられない元素として混ざり合っている場所がある。そこへは心という通路を通って降りていくしかない」と。10年目で書いていたら、出てこなかったせりふですね。怖くて書けないんですよ。密教についてこんなことを書いて大丈夫だろうかと。でも17年かけたことで、これでいいんだという見切りができて、安心して書けました。
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取材・文/多賀谷浩子
1951年、小田原生まれ。東海大学卒業。『上弦の月を喰べる獅子』で第10回日本SF大賞、『神々の山嶺』で第11回柴田錬三郎賞、『大江戸釣客伝』で第39回泉鏡花文学賞、第5回舟橋聖一文学賞、第46回吉川英治文学賞を受賞。『キマイラ』シリーズ、『陰陽師』『獅子の門』『大帝の剣』など著書多数。
2月24日(土)全国東宝系にて公開
監督:チェン・カイコー
出演:染谷将太、ホアン・シュアン、チャン・ロンロン、火野正平、松坂慶子、阿部寛ほか
声の出演:高橋一生、吉田羊、東出昌大、イッセー尾形
©2017 New Classics Media,Kadokawa Corporation,Emperor Motion Pictures,Shengkai Film
配給:東宝・KADOKAWA