青森の伝統工芸"津軽塗"がつなぐ父と娘、そして家族の絆を描いた映画『バカ塗りの娘』。ひたすら伝統の中に生きる津軽塗職人の父・青木清史郎を静かに滋味深く演じた小林薫さん。今回は映画で演じた役と実生活での父との共通点などのお話をおうかがいしました。。*この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年9月号に掲載の情報です。
この年まで生きたら、人生、なるようにしかなりません(笑)。
―― 役作りの中で、なにより"津軽弁"に苦労されたとか?
準備期間に津軽弁のセリフを録音したテープを頂いたのですが、どこから手を付けていいのか分からなくて。
結局、津軽の方に東京に来ていただいて直接ご指導いただきました。
またロケ地の弘前に先乗りして、地元の空気に慣れるというか。
方言の飛び交う地元で「なるほど、こう言うんだ」と体になじませるようにして。
それでも本番では方言指導の方にたくさんダメ出しをされてしまいましたねぇ。
―― 塗師としての準備は?
手の動かし方や器の扱い方などは、事前に教えていただきました。
津軽塗は完成までに48工程もありますが、鶴岡(慧子)監督はその一つ一つを点描で撮る。
ですから僕の横には塗師さんが常にいらして、「今回は小林さんで撮ります」と言われるとその工程をもう一度練習して。
「筋が良いですよ」なんて褒めてくれるからその気になっちゃって。
塗りの仕草は見様見真似でなんとかなりました。
――自分の思い通りにならない息子と娘を、徐々に受け入れていく姿が、とても好ましい"父親像"でした。
最初に台本を読んだとき、息子が同性の恋人を紹介するエピソードが、「えっ、そうきたか?」という感じで面白いなと思いました。
じつは第1稿では、息子を受け入れがたい父親の抵抗感が強く描かれていました。
でも、ああいうことを告白されたら、まずは動揺するだろうし。
例えばそれを受け入れるにしても、やはりいろんな思いが湧いて、父親はあたふたする。
そういう動揺を出したほうが面白いんじゃないですか?とは、監督に言いました。
演技も漆も、物造(づく)りに正解はありません
――娘・美也子を心配しつつも静かに見守る父親は、なんとなく小林さんご自身のイメージと重なりますが?
自分では、意識していませんでしたが。
まぁ、僕の息子にも言えますが、美也子にしても"親が思うより、子どもはずっと大人"です。
子どもは遥かに大人の目線でいろいろなことを考えていると思うんです。
清史郎も、娘や息子に対してそういうことをなんとなく感じている。
演じながら自然にそういう空気感が醸し出されてきたように思います。
――「漆は......やればやるほどやめられねぇ」という塗師だった美也子の祖父のセリフがありますが、映像キャリア46年の小林さんも思いは同じなのでは?
いやー、あそこまでの境地には達していないですけど。
でも漆器にしろ、映画にしろ、物造りというのは、そういうところがあると思います。
僕自身はけっこう余裕のないときが多くて、楽しめないのですが、逆に余裕があると先が読めてしまってつまらない。
言ってみれば、演技は正解のない仕事ですから、どんな作品でも「こうすればよかった」という気持ちは残ります。
――現在もたくさんの作品に出演されていますね。
"ずっとやり続けよう"みたいな責任感もないですけど(笑)。
いろんなタイプの役者がいるでしょ。
例えば、希少動物のようにめったに見られない、数年に1作とか登場してちょっといい作品をやるとか。
でも僕としては、めったやたらにしょっちゅう顔を出しているほうでいいかなと。
希少性みたいなものを獲得すると、周囲から注目され過ぎて面倒くさいな、と思うタイプなんです。
正直なところ、この年まで生きたら、人生、なるようにしかなりません(笑)。
いまさら"こうしたい"と考えてもねぇ。
"だったらもっと若いときに考えとけよ"って話じゃないですか。
"こうなりたい"という思いが強過ぎて現実と大きく乖離するのも嫌じゃないですか。
だからあまり頑張らなくてもいいかなと。
そのほうが、身軽で気楽で、楽しい。
取材・文/金子裕子 撮影/齋藤ジン ヘアメイク/廣瀬瑠美