1965年のデビュー以来、映画『銀蝶』『女囚さそり』やドラマ『鬼平犯科帳』など人気シリーズに数多く出演し、現在は映画『すばらしき世界』が公開中の俳優・梶芽衣子さん。また昨年は、ステイホームをきっかけにユーチューブに挑戦するなどますます活躍の場を広げていらっしゃいます。そんな梶さんに、役者生活55年の原動力について、お聞きしました。
役柄も聞かずに引き受けました
――まっすぐ過ぎるがゆえにトラブルばかり起こす元殺人犯の三上を役所広司さんが演じ、第56回シカゴ国際映画祭観客賞と最優秀演技賞をダブル受賞した『すばらしき世界』(2月11日公開)。梶芽衣子さんは、まっとうに生きようと悪戦苦闘する三上の身元引受人で弁護士の夫を支える下町の女性、敦子を人情味たっぷりに演じています。
西川美和さんが日本を代表する監督のおひとりという噂は伺っていたので、お断りする理由がないと、台本も見ず役柄も聞かずにオファーをお引き受けしました。
そうしたら弁護士夫人の役っていうじゃないですか。
どちらかというと役所さんがやられたような役が得意で、弁護士はやったことがあっても、弁護士の奥様なんてやったことがない。
私が仕事を選ぶとき、役の大小は関係ないんです。
映画は監督だし、それから(脚)本。
西川さんは両方なさっているので、それをまず信じたいというところから入りました。
シリアスにやったらとことん重くなってしまう題材ですが、西川さんは「ユーモラスにやりたい」とおっしゃいました。
たしかに本人は深刻でも、第三者から見ると滑稽なことってありますよね。
なるほどなって思いました。
――出所後の三上が、橋爪功さんと梶さんが演じられた庄司夫妻の家を訪れ、夫妻の優しさに触れて泣いてしまう。あの場面も、ほんのりとしたおかしみがあるんですよね。
すき焼きを振る舞うシーンですね。
「思い切り泣きなさい」なんて言いながらティッシュを手渡す、あそこは私のアドリブ。
本番前に監督に「もうちょっと滑稽にやってみてください」と言われて、どうしましょうと思ったんですけど、オッケーと言っていただけてよかったです。
ニュースが教えてくれた自意識過剰
――三上は困っている人を放っておけない優しい男ですが、まっすぐ過ぎるため誤解や軋轢も生んでしまう。2018年に出版された自伝『真実』を読むと、梶さん自身とも重なるところがあるような気がしてしまいました。
正直過ぎて、ためることができないんですよ。
分からなかったら「分からない」、違うと思ったら「嫌だ」と言ってしまうから、若い頃はずいぶんと誤解があったと思います。
実際生意気でしたから、先輩やスタッフには厳しい指摘を受けましたしね。
パワハラなんてそんな甘いものじゃないわよ。
だけど、続けていくうちにパワハラじゃなくて、愛情だったって気付くんです。
大恩人の山岡(久乃)さんもおっかなかったけれど、厳しいなかに愛を感じるんですよね。
私はそこにつけこんで「教えてください」と押しかけて、ずいぶん面倒を見ていただきました。
迷惑だったでしょうね。
――梶さんも後輩に「教えてください」と言われたら迷惑とは思わないのでは?
迷惑です(笑)。
だって、芝居は教えるものじゃないもの。
みんな違って当たり前で、教えたくないんじゃなくて教えようがないんです。
――芝居といえば、20年に開設されたユーチューブチャンネルで、「芝居は感性だ」と話されていましたね。
ありがたいことに、『鬼平犯科帳』を28年やらせていただきました。
慣れている現場のはずなのに、突然緊張でドキドキしてしまうことがありました。
歌を歌うときも、マイクを持つ手が震えるほどあがってしまったり。
なんなんだろうと思っていたんです。
そんなある日、家でニュースを見ていたら、何かの事件の容疑者のご近所の方がレポーターにマイクを向けられていたんです。
その奥さんは一言も発しなかったのに、「まだ犯人と決まったわけではありませんし、何も言うつもりもありません。でも私が知っているあの方はいい人でした」って、彼女のそんな心の声が聞こえた気がしたの。
自意識過剰だったんですよね。
うまくもないのにうまく見せようとする自意識が、緊張させていたんだって。
どんなに取り繕ったところで、カメラは心をそのまま映してしまう。
それに気付いてからは、芝居のときも歌うときもドキドキすることがなくなり、楽しめるようになりました。
結局はそれぞれの感性なんですよ。
だから教わることも教えることもできないって、あのニュースに教わりました。
海外のファンへの発信がユーチューブのきっかけ
――ユーチューブはどうして始められたんですか?
私ね、ユーチューブ知らなかったんですよ。
『すばらしき世界』の撮影が終わった直後にステイホームになってしまって、これからどうしようと思っていたときに、英語が堪能な友達に「海外に梶さんのファンがたくさんいるから、ユーチューブでそういう方々にもアピールしてみたら?」とすすめてもらったんです。
一時期、バラエティー番組に呼んでいただくことが続いたけれど、人の番組だと好き勝手にはいかないでしょう?
だけどユーチューブならしゃべりたいことや知ってほしいことを言って、何をしてもいいんですよ。
そういうものだって知って、「あら、面白そうじゃない?」って。
とっても楽しいですよ!
――『真実』に「勇気を持って年齢を恐れずにやっていきたい」「もしかしたらこれからやれることが本物なのかもしれない」とお書きになっていましたが、続けられる限りは女優をやり続けたいという意思があるのでしょうか。
50年以上やってきて、達成感や、これで満足という感覚を感じたことがないんです。
だから面白いのよ、役者って。
でも、同時にとてもしんどいものでもあるから、やりきったと感じていたら、とっくに辞めてるわね。
どこがてっぺんか、達成感がどんなものなのか...分からないからやり続けていられるんでしょうね。
令和に新作が出るってそれだけで新鮮!
――いまの梶芽衣子をご自身ではどう思われますか?
そんなこと考えたこともなかったけど、頑張ってるってところは好きかな(笑)。
配信という形が多くなってきているなかで、昨年は『罪の声』、今年もこの映画と『きのう何食べた?』が公開されます。
昭和、平成とやってきて、令和に新作が出るってだけでも新鮮じゃないですか。
しかも私が忙しく映画をやっていた頃には、まだ生まれてないような若い人たちと一緒にできるのは、とても幸せなこと。
昔はすぐ貧血で倒れちゃう軟弱な子どもで、両親にスポーツをやらされ、いまもそのときの教訓に教わることが多いの。
だって4年に1度のオリンピックの何秒に懸けるアスリートの神経って尋常じゃない。
それを考えたら、私たちなんて甘い、甘い(笑)。
私たちの仕事はオファーをいただいて初めて成立するもの。
どんな要望が来ても応えられるようにするためには元気しかないんですよね。
ですから食べること寝ること休むことは何より大事にしています。
やれることは限られているかもしれませんが、健康第一で、どんどん前に進んでいきたいですね。
この日はご自身で選ばれた、若者に人気のファストファッションを抜群のセンスで着こなしていらっしゃいました。「ユニクロとかも好きでよく着ますよ!」。そんな飾り気のなさも年代を問わず支持され続ける理由かもしれません。
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取材・文/鷲頭紀子 撮影/吉原朱美