「50代は十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」。ターシャ・テューダーにそう言われ、アメリカのバーモント州を舞台に「夢」を追い続ける写真家、リチャード・W・ブラウン。ターシャの生き方に憧れ、彼女の暮らしを約10年間撮影し続けた彼の感性と、現在75歳になる彼の生き方は、きっと私たちの人生にも一石を投じてくれるはずです。彼の著書『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(KADOKAWA)より、彼の独特な生活の様子を、美しい写真とともに12日間連続でご紹介します。
朝もやに包まれた夏のメープル林。
夏
バーモント北部の夏は、6月末から9月初めまでで、季節としては冬の次に長い。
木々の若葉が濃い緑に変わった後、秋まで変化しないのも、そう感じる理由のひとつかもしれない。
気候的には、気温はそれほど高くならないが、湿度が熱帯のように高くなる。
夜、雷雨があるのも、この季節の特徴だ。
激しい雨で道路が押し流されたり、洪水が起きたりすることもある。
幸いぼくの家は丘の上なので、洪水の心配はないが、一度、落雷があった。
敷地の中を歩いているとき、突然、ものすごい雷雨になり、ウシの放牧場を囲っている電気柵に落雷した。
もしかしたら地面に落ちたのが電気柵に伝わったのかもしれない。
青い炎が上がり、仰天した。
近所では、ウシの体に雷が落ちて死んだこともある。
バーモントは、州境をカナダと接するほど北に位置しているので、夏は日が長い。
朝、相当早く起きても、すっかり明るく、 夜は8時半を過ぎてもまだ日がある。
これは利点だ。
家の前には、1880年代にここに家を建てた人が植えたメープルの並木がある。
ぼくがこの家を買ったときには、すでに大木になっていた。
それが、前庭によい木陰をつくってくれる。
もちろん秋には紅葉するので、すばらしいおまけつきだ。
そこでぼくたちは玄関ポーチにロッキングチェアとテーブルのセットを置き、朝はそこでコーヒーを飲み、昼食や夕食をそこで食べることもある。
夜になれば気温も下がるので、夏の夜を楽しむには何よりの場所だ。
玄関ポーチからは、ウマの放牧場が見える。
以前はぼくもウマを飼っていた。
手がかかるので手放したが、ぼくはウマが大好きなので、その後は近所の農家に自由に使ってもらうことにした。
今はベルジャン種の輓馬4頭が放牧されている。
体重が1000キログラムもある巨体で、そばに行くと見上げるばかりだが、性格はおとなしい。
奥さんに言わせると「気の優しい巨人」だそうだ。
人を困らせることは何もしないが、好奇心旺盛で、そばに行くと、「何ですか?」という顔で寄ってくる。
ときどき、何に興奮したのか、柵の中を猛烈な勢いで行ったり来たりする。
野原をコヨーテが通ったり、放牧場に子ジカが入っ てきたりしたときは大変だ。
気が狂ったように走り回る。
それを見て、犬のバーニーが吠えまくる。
見ていて飽きない。
リンゴの木から実を取って食べる姿も、楽しい。
秋になって廐舎に帰ってしまうのが残念だ。
写真家の仕事のほかに農業もしていた頃は、夏は猛烈に忙しかった。
とくに乾草上げの仕事は労力が要り、一日中、日なたで作業しなければならないのでとても疲れた。
乾草上げは、専用の牧草地で育てた牧草を刈り取り、地面に広げて乾燥させた後、大きなロールにし、ビニールで巻いて梱包する作業で、天候のよい数日を選んで集中して行わなければならない。
大変だが、これがあるからこそバーモントらしいのだと思う。
広い牧草地はバーモントの美しい風景の大事な要素だ。
また刈り取った草を乾燥させているときの草の甘いにおいは何とも言えない。
そして冬、ウシたちに食べさせるために、梱包を解いてフィーダーに乾草を投じるとき、この夏のにおいがよみがえる。
外が雪に覆われた真冬、寒さの中でこの香りをかぐと夏を思い出す。
暖かい夏の夜の楽しみは、ホタル見物だ。
家の前は湿地なので、そこにホタルがたくさんいる。
ぼくたちはハンモックに横たわり、あるいはロッキングチェアに座って、湿地を覆うばかりのホタルの大群が見せてくれる光のショーを楽しんでいる。
また夏には、近くの湖へよくカヤックをしに行く。
犬のバーニーも上手に乗れるようになった。
自然のままの湖なので、ビーバーが巣を作っていたり、アビのヒステリックな鳴き声が響いていたりする。
近くの湖でのカヤックは、夏の楽しみのひとつ。
コネティカット川の急流下りもできる。
夏は戸外でいくらでも活動できるし、自然は緑豊かだし、ぼくにとって不足は何もない。
玄関ポーチのロッキングチェアに座って、ただ、木の葉が風に揺れるのを眺め、鳥の巣作りを見ているだけでも、夏はいいなあ、と思う。
ターシャ・テューダーとのエピソードやバーモント州の自然の中で暮らす様子が、数々の美しい写真とともに4章にわたって紹介されています