「老化は治療できない」そう思っていませんか? 近年、老化の研究は急速に進んでいます。老化やそれにともなう病気は「老化細胞」が原因の一つだということが判明し、薬で治せる可能性があることが分かっているのです。最前線で老化治療の研究をする東京大学教授 中西 真先生にお話を伺いました。
老いは自然現象でなく「老化細胞」が原因の病気です
加齢によってシワが増えたり、筋力が衰えたり、病気になりやすくなったりします。
それは「年だから仕方がないこと」ではありません。
体の中の「老化細胞」が原因なのです。
老化細胞とは、分裂しなくなった細胞のこと。
通常は免疫細胞などに食べられて除去されるのですが、一部体内に残ってしまうことがあります。
そうすると臓器や組織に慢性炎症が起こり、老化現象や、がんなどを含む加齢性の病気の原因になるのです。
老化細胞を除去すれば、フレイルや認知症、細胞のがん化なども改善すると考えられますし、臓器も筋肉も皮膚も、年を重ねても病気にならず、若々しさを保てると思われます。
老化細胞を除去する「GLS-1阻害薬」とは
私たちの研究では「GLS-1阻害薬」を使うと老化細胞を除去できることを発見しました。
GLS-1はアミノ酸を代謝する酵素で、老化細胞が生き延びるために必要なものです。
つまりこの薬を使ってGLS-1の働きを止めてしまえば、老化細胞を除去することができるというわけです。
実験では、人間の年齢で60歳の高齢のマウスの筋力が40歳レベルまで回復したり、腎臓や肺の機能も回復したりしました。
GLS-1阻害薬は、将来、飲み薬として実用化できると考えています。
そのころには「老化は病気」という考え方が広まり、定期的に老化を測定し、数値によって投薬することなども可能になるのではないでしょうか。
「GLS-1阻害薬」の実用化でさまざまな病気が治せるように
GLS-1阻害薬が実用化された場合、まず治療したいのは老化細胞が原因の早老症などの難病です。
次に人工透析を必要としている腎機能不全の方、肺の機能回復や、脂肪肝の予防や肝炎の治療、肥満が原因の生活習慣病(糖尿病、動脈硬化、高血圧)などがあります。
認知症などの神経系の老化による病気も改善の可能性があります。
筋力の低下や顔のシワなどは老化細胞が原因なので治療が可能だと思われますが、骨粗鬆症については、老化した骨細胞を除去すれば骨密度などが回復するかどうかは分かっていません。
また、薄毛や白髪も、老化細胞が原因ではないため改善できないと思われます。
現在GLS-1阻害薬は、抗がん剤としてアメリカで治験が進んでいます。
人への治験が進んでいるので実用化へのハードルも下がっており、10年以内の実用化も夢ではないと思います。
過度な「運動」と「カロリー制限」が老化細胞を増やします
老化のメカニズムを研究している私が考える老化細胞を増やさない方法をご提案します。
まず過度な運動やカロリー制限など、ストレスが多い生活はNG。
健康のためにジョギングなどの有酸素運動を習慣にしている方も多いと思いますが、酸素のとり過ぎは、実は有害です。
体内に活性酸素が発生し、老化を促進させます。
また、無理な食事制限は栄養バランスも崩れるので、体によくありません。
さらに適度な睡眠も大事です。
ちなみに私は6時間睡眠を心がけています。
老けずに、病気にならずに120歳まで元気に生きよう
老化治療の薬が実現したとしても、「いつまでも生きられる」ということではありません。
なぜなら、老化はしなくても生物には「最大寿命」があるからです。
人間は120歳といわれています。
老化しないのに、なぜ命が尽きるのかは、まだ解明されていません。
ちなみに、カメやワニはあまり老化の表現を示さない"不老"に近い動物です。
感染症など病気で命を落とすことはあるかもしれませんが、人のように加齢に伴い病気になることはなく、寿命まで健康状態をほぼ保っています。
これは老化細胞が蓄積しないためと考えられます。
同じくゾウも不老に近い動物といえるでしょう。
ゾウはがんになりません。
これからはだれでも老化を治療できる時代に
現在、老化研究は急速に進んでいます。
始皇帝が永遠の命を求めたように、現在は世界の富豪が不老研究に力を注いでいることも一因です。
老化を病気として治療できれば、年齢という指標が消え、老人と若者の差がなくなります。
いつまでも働けるので "定年"や"老後"という言葉や概念がなくなるかもしれません。
年を重ねても、見た目も体力も若いままなので"年の差婚"が話題になることもなくなるでしょう。
健康と長寿を喜び楽しめる世の中を目指し、研究は続きます。