信号を青の間で渡り切れないため、「買い物難民」になる高齢者がいるそうです。実は、身体機能が衰え、この速度で歩けない人は300万人以上だとか。そのような高齢者をサポートするリハビリ専門デイサービスを運営する経営陣の著書『道路を渡れない老人たちリハビリ難民200万人を見捨てる日本。「寝たきり老人」はこうしてつくられる』(アスコム)より、介護の現実をご紹介いたします。
【前回】介護保険法は要介護になった場合に適用。身動きができなくなってからでは遅い/道路を渡れない老人たち
【最初から読む】青信号点滅の間に渡れない速度の老人は300万人以上。日本が抱える介護問題/道路を渡れない老人たち
待機児童の20倍いる待機老人。受け皿は本当に足りているのか
■日本の介護の体制は不十分
具体的に必要な介護の支援の知識や情報をお伝えする前に、今の日本の介護の状況についてお話ししたいと思います。
仕事にしても、何にしても、現状を把握してから動くことによって、的確な対処ができると思うからです。
まずは、介護施設や介護を行う専門職の現状について語っていきます。
入所を申し込んでいるものの、在宅での生活が困難になった「要介護3」以上の高齢者が入居できる公的な「介護保険施設」である特別養護老人ホーム(特養)に入所することができていない、いわば「待機老人」がどれぐらいの数にのぼるか、知っていますか?
5年ほど前に世間を賑わせた「待機児童」の数は、その2016年当時、日本全国で2万3553人。
2019年4月の時点では、1万6772人にまで減っています。
一方、待機老人は、2019年時点で、日本全国で約32万6000人。
なんと、待機児童の19・4倍、約20倍もいるのです。
しかし、待機児童の問題はメディアでも国会でも取り上げられるなどして、ある程度は解消に向かいつつあるのに、待機老人に関しては、あまり聞くことがありません。
特養に入ることがベストな選択というわけでは決してないですし、資産的に余裕がある方は、民間の有料老人ホームに行くという手もあるでしょう。
ただし、介護についての国や地方自治体の体制が決して潤沢に整っているわけではないことをよく表している事実ではないかと思います。
リハビリ難民200万人、弱った老人を切り捨てる社会に
■寝たきりを防ぎ、人間らしく生きられるようにするのが、リハビリの役割
待機老人よりも、実は深刻な現状があります。
それが「リハビリ難民」です。
高齢者の身体機能を維持するためにリハビリ、機能訓練が欠かせないといいましたが、そのリハビリをする施設がないのです。
たとえば我々の施設がある新宿区は、世界でも有数の病床数を誇りますが、病院の施設以外で、リハビリができ、なおかつ、リハビリの専門職である理学療法士がきちんといる施設というのは、数えるほどしかありません。
そして、リハビリを受けなくてはならないのに、リハビリを受けられない人は、全国で200万人以上いるという報道もあります。
そもそも、リハビリテーションは、何のために行うのでしょうか?
「骨折や脳血管障がいとか、病気になった人がやるものでしょ?」と答える人もいるでしょう。
もちろん、そういった面もあります。
しかし、それでは、リハビリテーション、いわゆる「リハビリ」の目的の一部しか言い表していません。
リハビリの本来の意味・目的は、「全人間的復権」、言い換えれば「人間らしく生きる権利の回復」です。
つまり、身体の機能に限らず、その人の生活や心の有り様などまで回復し、それらをさらに維持していくことが、リハビリの目的といえます。
また、リハビリは、そうして個人の幸福に寄与するだけでなく、社会課題の解決にも貢献することができます。
リハビリによって、寝たきりを減らすことができるのです。
脳梗塞、膝痛、腰痛、リウマチ、糖尿病など、何らかの理由で障がいを抱えると、多くの人は外に出ることに消極的になります。
特に高齢者では、その傾向が顕著です。
しかし、私たちの身体は、動かさないでいる状態が続くことで、筋肉が衰え、関節は硬くなり、体力も落ちて、急激に機能が低下していきます。
身体機能の衰えの行き着く先が寝たきりであることは、いうまでもありません。
寝たきりは、本人や周囲の人にはもちろん、社会全体にとっても、大きな負担となります。
脚、腰、首の痛みや持病、障がいなどを抱えた人が自立した生活を送れるようにサポートし、寝たきりを防ぐのも、リハビリの重要な役割の1つなのです。
■退院後、生活期のリハビリが受けられる体制がない
脳梗塞の発症から約2週間までが急性期。
続いて発症から約3~6カ月までが回復期。
その後は、住んでいる場所に戻りリハビリを行う維持期になりますが、最近では生活期といいます。
退院直後は不具合のある箇所以外は普通に動かし、継続してリハビリに取り組めばその機能や体力はさらに取り戻せるはずが、家にこもって身体を動かさないでいたために、身体機能がどんどん衰弱してしまう可能性があるのです。
それほど生活期のリハビリが重要な役割を担っているにもかかわらず、リハビリを受けられない人々、いわば「リハビリ難民」があふれているのです。
リハビリは、大きく「急性期」「回復期」「生活期(維持期)」の3つの段階に分けられます。
最初の段階は、たとえば骨折や脳血管障がいで病院に入院したとき、治療・手術などの処置後すぐに始められる、「急性期のリハビリ」です。
急性期のリハビリは、病院への入院中に限り、1日3時間程度受けられます。
急性期の病院の平均在院日数は16・2日ですから、単純計算では急性期のリハビリを受けられる時間は計48時間ほどということになります。
急性期の病院を退院しても、機能の回復が十分でないと専門の医師が判断した場合には、回復期リハビリテーション病棟や亜急性期病床などで、さらに集中的にリハビリを行います。
これが、2番目の段階の「回復期のリハビリ」です。
回復期のリハビリは、脳血管障がいや頸髄損傷が最大180日、骨盤の骨折が最大90日などと対象疾患ごとに定められた入院期間中、1日最大9単位=3時間(1単位=20分)まで受けられます。
回復期の平均在院日数は約60日。
単純計算では、回復期のリハビリが行われるのは最大で計180時間ほどとなります。
さて、ここからが問題です。
急性期・回復期で集中的にリハビリを受けてきたが、住んでいる場所に戻ってしまえば、多くの場合、その状態を維持し続けられないという現状があります。
そこで必要となるのが、3番目の段階の「生活期のリハビリ」です。
生活期のリハビリは、機能やADL能力(日常を送るために、普遍的に行われる基本的かつ具体的な活動)の回復と同時に、それを維持し続けることを大きな目的としています。
実生活の中での機能改善が求められるのです。
そのため、医療機関を退院し、住んでいる場所に戻った人が寝たきりや閉じこもりになるのを防ぎ、自立した生活を支えるうえで大きな役割を果たすのが、生活期のリハビリだといっても過言ではありません。
ところが、この生活期のリハビリを受けられる機会が、あまりにも少ないのです。
生活期のリハビリは、医療保険による外来リハビリのほか、介護保険による通所リハビリ、訪問リハビリなどで受けることができます。
ですが、介護保険を利用するデイケアでは1回につき15分以上のリハビリ、デイサービスでは1回につき5分以上しか法的には求められません。
そのため、申し訳程度にしか行わない施設も少なくありません。
また、介護保険を利用せずに、民間の施設を利用するということも考えられますが、1回60分程度の利用で1万円を超えるところが多く、継続的な利用となるとかなりのお金が必要になってきます。
1カ月に最大90時間も受けられた回復期のリハビリに比べると、重要性ではそれに勝るとも劣らない生活期のリハビリは、申し訳程度にしか受けられない可能性が十分に考えられるというのが、今の日本の現状です。
つまり、せっかく急性期、回復期のリハビリで回復した身体機能を維持させるのが難しいのです。
リハビリを受けなくてはならないのに受けられない「リハビリ難民」が世の中にあふれてしまい、その難民たちの身体が弱っていき、寝たきりになってしまうのです。
全4章にわたって介護後進国・日本の仕組みや課題を取り上げ、警鐘を鳴らしています