90歳の宗教学者・山折哲雄さんが考える何とも捨てがたい「老いの特権」とは?

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自然な道行き
人知れぬ節制も

吐血し、緊急入院して絶食療法に専念していたころ、私はすでに歌法師・西行さんのとりこになっていた。

自分の最期を想像してつくったあのよく知られた歌は何ものにも代えがたい。

願はくは花の下にて春死なむ
そのきさらぎの望月のころ

リズムもいい、調べも上々、たちどころに三行詩にも五行詩にもなる。

何も歌にこだわらなくともかまわない。

俳句の世界に圧縮したってかまわない。

いつのまにか呆けた西行ファンになっていた。

西行さんにおける涅槃願望の心のうごきがたまらなかったのだ。

強靭ないのちの呼吸とそれが融け合っている。

やがてそのときが訪れ、願っていたように月を眺め花の下で最期を迎えることができた。

その報が都にとどき、俊成、定家、慈円などを驚かす。

こうしてその人の死を美しく語る西行伝説がつぎからつぎへとつむぎだされていく。

絶食療法でベッドにへばりついていたとき、西行さんの最期はもしかすると断食往生ではあるまいか、とふと思いついた。

今日の言葉にいい直せば断食安楽死だったのではないか、と。

旅と行脚の生活をくり返し、脚腰をきたえ、人知れず独自の食のコントロールをつづけていく。

栄養の濃淡をつけながら、いのちのリズムをととのえていく。

西行さんはむろんそのことを直接には歌にしていない。

不確かな言葉に移そうともしていない。

月の光、梅の樹かげに身を託して、さらりとうたう。

自然な道行きだけをすくいあげようとしている。

自然死と見まがうほどの断食往生死である。

ところが面白いことに、西行さんのこのような涅槃願望が、西行死後になっておびただしい伝承や物語をつくりだしていったにもかかわらず、そのどこにも語られていないのである。

痕跡すら見いだすことができない。

以来私は、できることならこの西行流で逝きたいものだと妄想するようになった。

春は 逝く
月を 眺めて
花の下

近づけるか「あるがまま」の境地

余命が尽き、最期を迎えるときはぜひとも断食でと思うようになってから、すでに半世紀が経つ。

それがはたして自然な安楽死につながるかどうか、いぜんとしてわからなかったが、何とか西行さんにあやかろうと思ってきた。

ところがこのごろになって心の奥に怪しく揺れ動くものが出没するようになった。

平均寿命が八十を超え、今や人生百年の時代といわれるようになる一方、いつあらわれるかしれない認知症の暗雲が浮上してきたからだった。

最期は断食でと思っていても、そのとき自分の居場所がわからなくなっていたらどうするか。

かねて抱いていた穏やかな涅槃願望が音を立てて崩れていった。

西行さんの静かな足取りがいつしか霧の中にかき消えていくようだった。

そんなとき、たまたま長谷川和夫先生の『認知症ケアの心』(中央法規)という本にふれる機会があった。

お名前はきいていたし、日本における認知症治療のパイオニアであることも承知していた。

慈恵医大を出て聖マリアンナ医科大学長をつとめ、一九八六年には日本老年精神医学会を創設された方だ。

幅の広いキャリアにもとづいてつくられた認知症診療の基準も有名であるが、とくに胸打たれたのはつぎのような言葉だった。

認知症患者にはさまざまなタイプがあり、その進行の度合いも濃淡の差がみられるが、さきにもふれたように自分の居場所がわからなくなる。

時間と空間を認知するのがいちじるしく困難になる。

そうなった人に接するときは、家族であろうと見知らぬ人であろうと、そのような相手の状態を「ありのまま」に受けとめてケアにつとめることが大切になるのだ、という。

認知症の苦しみの中にいる本人は、いってみれば「今、ここ」という存在になっている。

だから家族もまたできるなら微笑を浮かべ、本人の「あるがまま」のすべてを受け入れて寄りそい、介護と看護をつづけるのが望ましい、と。

そのまま
そのまま
あるがまま

である。

ああやはりそうか、そうなのか、難しいなあ、と思わず嘆息がもれてくるのである。

 

山折哲雄(やまおり・てつお)さん

1931年生まれ。宗教研究者。東北大学文学部印度哲学科卒業。同大学文学部助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教授、同センター所長などを歴任。著書は『空海の企て』『愛欲の精神史』『「始末」ということ』『死者と先祖の話』など多数。

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『生老病死』

山折哲雄KADOKAWA

1,540円(税込)

超少子高齢化、デジタル化、そしてコロナ禍の社会で、私たちはどこへ向かうのか、いま見直すべき「日本」とは何なのか——。日本を代表する宗教研究者が自らの心身に向き合いつつ綴る円熟のエッセイ。朝日新聞土曜版「be」の連載の書籍化です。

この記事は『毎日が発見』2021年11月号に掲載の情報です。
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