宗教学者・山折哲雄「人生100年時代の終活ヒントは"軽み(かろみ)"にあります」

これまでにない長寿の時代を迎えたいま、日本人の死生観をもう一度見直してみる必要があるのではないか。山折哲雄さんがそうした思いで書き下ろした『死者と先祖の話』。お話は、一昨年、山折さんが心臓の手術を経験し、涅槃[ねはん](煩悩[ぼんのう]を滅して悟りに至ること)の境地を味わったという経験から。宗教学者として長年仏教の研究に携わってきたが、病を得て涅槃への道を発見したのだとか! さて、そこへ至る道とは?

1806p074_01.jpg宗教学者・山折哲雄さん

 

仏教で言う理想の死は存在を軽くすることから

子どものころから体が弱く、内臓系の病気を繰り返してきた山折さん。それは常に、激痛、鈍痛、疼痛(とうつう)との闘いだったと言います。ところが今回は、初めて経験する循環器系の病気。痛みというより、毎日ふわりと軽くなる瞬間が訪れたそうです。

「まるでろうそくの火が消えていく感じ。そこで気付いたことがあります。涅槃とは、サンスクリット語(古代インドの言語)でニルヴァーナ。比喩的には、ろうそくの火がだんだんと弱くなり消えていく状態を意味する。つまりそれが、煩悩が滅した悟りの境地だというんですね。仏教で言う理想的な最期を迎えるためには、身を軽くしていくこと。それを身をもって実感できたのは、意外な発見でした」

手術後は涅槃(?)への道を求めて、書物から身軽になる決意をしたという山折さん。

「ところが、なかなか断捨離ができない。最後まで手放せなかったのは、これからの日本を考える上で必要不可欠な柳田國男全集と、寺の息子である私にとっては特別な意味を持つ親鸞全集でした。しかし、身を切る思いで手放してみると、ものすごい解放感があった。自分がかぶれてきた知識や思想からの解放です。年を重ねたら身軽になった方がいい。その教えの元は2500年も前の古代インドにあり、自分でも長い間、皆さんに説いてきた。それなのに、自ら実践できていなかったんです(笑)」

1806p074_02.jpg出版記念講演会の様子

 

古代インドの人生観「林住(りんじゅう)期」「遊行(ゆぎょう)期」に学べ

山折さんの言う古代インドの教えとは、いまでは日本でもおなじみになった、人生を4段階に分ける考え方・四住(しじゅう)期のことです。20歳ぐらいまでが知恵を付ける学生(がくしょう)期。次が、結婚をして子どもを持って経済活動をする家住(かじゅう)期。仕事を離れたら、林に庵(いおり)を構えて自らを見つめて自由に生きる林住(りんじゅう)期。最後は、林(庵)から出て旅をしながら人に道を説く遊行(ゆぎょう)期です。

「日本人が長寿になり、人生80年が当たり前といわれるようになったころから、セカンドステージを豊かにするには、『林住期』が大切ですよといわれるようになった。しかし、いまや人生100年時代。遊行期までの人生モデルが必要です。日本にもこうした人生を実践した人がいただろうかと思いを巡らすと、3人が浮かびました」

その3人とは、平安末期から鎌倉時代にかけて活躍した歌人の西行。江戸時代前期に俳諧(連句)を完成させた芭蕉。そして、江戸時代後期の僧侶であり歌人の良寛だと山折さん。

 

万葉からの日本人のリズム五七五こそ軽みの神髄

「西行は、由緒ある貴族の出で、武士として宮中に勤めていたのに、23歳で出家し、旅に出て歌を詠み続けた。
『吉野山 梢(こずえ)の花を 見し日より心は身にも 添はずなりにき』 
日本人の美意識を象徴する桜の歌が多いことでも有名です。

芭蕉も、『野ざらし紀行』や『おくのほそ道』で知られるように、旅をした人。最も有名な句は、
『古池や 蛙飛び込む 水の音』 
その魅力は、西行のような風雅な和歌ではなく、日常を自由に詠んだ"軽み"です。

そして良寛も、18歳で出家をし、34歳で全国行脚に出た人。辞世とされる句がいいですね。
『散る桜 残る桜も 散る桜』 
『うらを見せ おもてを見せて ちるもみじ』
どんなに美しい花も、やがて散る。死期が近づいたら、表だけでなく、普段は見せたくない裏の部分も見せながら、はらはらと散っていく。こうした句が詠めるようになったら、涅槃の境地ということです」

そして最後に、山折さんは昨年亡くなられた日野原重明さんのことを話されました。
「最晩年まで親交がありました。日野原さんは牧師さんの息子でキリスト教徒です。でも、98 歳で俳句を始められて、その死の直前に『10月4日 104歳に104句』(ブックマン社、2015年刊)という句集を出版された。最初の句は、
『百三歳 おばけでなくて ほんものだよ』

わかりますねぇ。
こんなユニークな三行詩もあれば、奥様のお骨を庭にまいておられるので、
『亡き妻が 眠りし庭に 彼岸花』
という句もある。あの陽気で、一生懸命な日野原さんは、天の羽衣をまとってひらりひらりと、心軽く、往生していったのではないか。これこそが涅槃の境地だと思いました。

そして昨年は、瀬戸内寂聴さんも俳句集を出された。『これからは恋と革命よ』と言っておられた寂聴さんですが、句集のタイトルは『ひとり』(深夜叢書社)。ちょっとまねできない、上等な句が並んでいます。

人生100年時代を代表するようなお二人の句集を読んでいたら、五七五は万葉以来の命のリズム、魂のリズムだと実感しました。息を吐いて、吸って、止める。このリズムに乗ったとき、ある解放感を得ることができる。それは、人間が生き、死んでいくときのリズム。林住期から"軽み"を身に付けるには俳句がいいというのが、今日の私の話のオチであります(笑)」

山折さんの新刊本にも、自身の長詩が記されています。詩や俳句や歌で、涅槃の境地に近づけるなら、始めてみてはいかがでしょう。

 

取材・文/丸山佳子  撮影/後藤利江

山折哲雄(やまおり・てつお)さん

宗教学者。1931年サンフランシスコ生まれ。54年、東北大学文学部インド哲学科卒業。東北大学大学院を経て、春秋社編集部入社。76年、駒澤大学助教授、77年、東北大学助教授、82年、国立歴史民俗博物館教授、88年、国際日本文化研究センター教授を経て、同センター所長などを歴任。『わたしが死について語るなら』『「ひとり」の哲学』など著書多数。

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最新刊『死者と先祖の話』

(角川選書) KADOKAWA

折口信夫の『死者の書』と柳田國男の『先祖の話』を手がかりに、日本人はいかにして死者や先祖と向き合ってきたのかを見つめながら、戦後70年で日本人の死生観はどう変わってきたのかをひもといていく一冊。

この記事は『毎日が発見』2018年6月号に掲載の情報です。

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