家族に仕事、人間関係など、人生にはさまざまな悩みがつきもの。精神科医として、70年近く働いてきた中村恒子さんの著書『うまいことやる習慣』(すばる舎)には、そんな悩みとの向き合い方や受け流し方のヒントが詰まっています。多くの人を勇気づけてきた言葉から厳選して、連載形式でお届けします。
チャンスは、偶然の中でしか生まれない。ポンと背中を押されたら、流れに身を任せてみる。
どんな人の人生にも何回か大きな流れがやってくると思います。
いわゆる転機とか、人生の岐路とか言われるやつです。
私にも、その流れが何回かやってきました。
私は、戦後すぐは大阪で国家試験の勉強をしていました。
医者になるには1年間病院で無休で働く(今でいうインターンをする)必要があって、そのあとやっとの思いで試験に合格して医者になったんやけど、医者になっても働く場所がないんですわ。
病院自体が少なかったし、働けても、数年間は給料がもらえんのが普通やった。
私にはお金がないからそれでは生きていかれへん。
どうしたもんか......と困っていたところに、学生時代にアルバイトをしていた映画館のアイスクリーム売りのおじさんが、「弟が開業医をしているから、よかったら紹介してあげるで」と声をかけてくれはったんです。
その先生のお宅に転がり込んで、住み込みで働きました。
奥さんと小さな子どもが2人おって、子守も掃除も洗濯も頼まれれば「はいはい」となんでもやりました。
そんな丁稚奉公みたいな暮らしを2年ほどしていたとき、大阪の街を歩いていたら、今度は研修(インターン)時代に一緒に勉強した友人の医者にバッタリ出会ったんですわ。
そしてその人が「奈良県立医大の精神科で助手の口が空いているから、来ないか?」と言う。
不思議なことが続く瞬間が、あるもんですわな。
私はちょうどそのとき、週1~2日だけ勉強に行っていた大阪市立大学の内科で、結核の末期の患者さんの担当ばかりをしていました。
「死んでいく患者さんに対して、なんの支えにもなれない自分はなんて無力なんやろ」と悩んでいた矢先、人の心の勉強を少しやってみるのもええかなと思ったんですわ。
「行きます」と即答して、私は精神科医になりました。
こういう環境の変化を、「チャンス」ととらえるか、「怖い」ととらえるかは、人それぞれでしょう。
どっちが正解ということもないんやと思います。
私の経験として言えることは、いい流れが来ているときには、不思議とまわりの人もあと押してくれることが多い、ということでしょうかな。
このときも、「これこれこういう経緯で、やめさせてもらいたい」と働き先の先生に話したら、「ちょうど弟が医師になって戻ってくるって言っているから気にしないで行きなさい。開業医の手伝いして過ごすより、あんたは若いから大学で勉強して成長したほうがええ」と気持ちよく背中を押してくれはったんです。
もちろん、中には反対したり引き止めたりする人もいるでしょうけども、そんな中でも、自分がいちばん信頼している人がポンと背中を押してくれたりする。
そんな流れが来ているときは、変な損得勘定をするよりも素直に乗ってみるのがええと思います。
損得勘定で考えると、どこかで無理をしているというか、心のしこりみたいなのができてしまうもんです。
だから、そうではなく、素直に、心のままに考えてみてください。
なんとなく心がワクワクするか?
打算ではなく、本心でやってみたいか?
そう自分に聞いてみて、イエスやと思うんであれば、乗ったほうがええと思います。
それでポンと流れに乗れると、また新しい流れがくる。
何歳になっても、それは変わらん気がします。
チャンスをくれるのは、いつだって人なんやね。
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