
『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』 (著:高島 亜沙美、 監修:西 智弘/KADOKAWA)第7回【全7回】
「最期まで自分らしくいたい」と願う一方で、老いや死という現実に目を向けるのは少し勇気がいるものです。しかし、納得のいく人生を締めくくるには、実は「事前の準備と心の努力」が欠かせません。書籍『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』(KADOKAWA)では、現役看護師・高島 亜沙美さんが、老いゆくプロセスから介護保険の実情、終末期医療の選択肢までを丁寧に解説。ただ不安を煽るのではなく、「自分らしい最期」を具体的に描くためのヒントを授けてくれます。死を考えることは、決して後ろ向きなことではありません。最良のエンディングを準備することは、今日という日をより大切に生きるための、自分への最高のギフトになるはずです。
※本記事は高島 亜沙美 (著)、 西 智弘 (監修)によるムック『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』から一部抜粋・編集しました。
やりたいことがある状態にしておくこと
個人的に、一番必要なのに最も難しいと思っていることです。好奇心をもち続けることよりも、もっと生活や現実に即した状態だと思っていただけると良いです。畑の様子を見にいくことやペットに餌をやること、でいいんです。散歩がてら近所の庭に咲いている花を見にいくだけ、でもいい。できたら家事のようにやるべきことではなく、趣味の延長のようなやりたいことだとベターです。
お金だけあっても、やりたいことがないと使う先がありません。モノを買っても長く使えないですし、体験やサービスを買ってもそれを楽しめるような健康状態かはそのときになってみないとわかりません。一方で時間だけあっても、やりたいことがないと何をしたらいいかわかりません。一生、家の中で過ごすのでしょうか。おそらく、お金よりも時間を持て余す人のほうが多いと思うのですが、やることがなくて1日が過ぎていくって、健康上から見ても、人間としての尊厳から見ても、ほんとうにいいことがありません。
動かなくなり、考えなくなり、ついでに人との関わりも減ってくると、老いのプロセスが加速するのは言うまでもありません。最初のほうの老いのプロセスを思い出してみてください。定年を迎えた趣味のないひとり暮らしの人が、次第に引きこもり、知らないうちに認知症になっていた事例は日本中どこにでもあるでしょう。それくらい、やりたいことがないという状態は生活と健康に大きな影響を及ぼします。これは、教育が担うものなのか、社会が担うものなのか、それとも個人の問題なのか、わたしもいまだわかりません。しかしながら、高齢期を迎えても、ひいては人生の最終段階に突入したとしても、やりたいことがある人を増やしていくことは日本人のQOLや死生観にそのまま直結するのではないか、と考えています。
シンプルに、楽しそうにイキイキしている高齢者が増えたら、国全体として健康的だと思いませんか? 結果として、平均寿命が下がるようなことも起こるかもしれませんが、それの何が問題なのか、わたしにはさっぱりわかりません。長く生きる人よりも、自分らしくしあわせに生きる人が増えるほうが、健全だと思うのです。






