
『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』 (著:高島 亜沙美、 監修:西 智弘/KADOKAWA)第3回【全7回】
「最期まで自分らしくいたい」と願う一方で、老いや死という現実に目を向けるのは少し勇気がいるものです。しかし、納得のいく人生を締めくくるには、実は「事前の準備と心の努力」が欠かせません。書籍『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』(KADOKAWA)では、現役看護師・高島 亜沙美さんが、老いゆくプロセスから介護保険の実情、終末期医療の選択肢までを丁寧に解説。ただ不安を煽るのではなく、「自分らしい最期」を具体的に描くためのヒントを授けてくれます。死を考えることは、決して後ろ向きなことではありません。最良のエンディングを準備することは、今日という日をより大切に生きるための、自分への最高のギフトになるはずです。
※本記事は高島 亜沙美 (著)、 西 智弘 (監修)によるムック『人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス』から一部抜粋・編集しました。
ひとりで完結できる活動があること
歳をとると、周りから自分を取り巻く人間がひとりまたひとりと減っていきます。仕事をやめれば同僚や上司はいなくなりますし、友達も家族も病気になったり寿命が来たりで減っていきます。話す相手は、病院の受付の人と看護師とコンビニの店員だけ、なんて人も珍しくありません。話し相手がいないから、と若い人をつかまえてはちょっかいを出すような高齢者は、好かれません。それよりも自分で自分を楽しませる趣味や活動を持っておくのがオススメです。わかりやすい例は、家庭菜園とペットの飼育ですね。自分よりもケアすべき対象がある人には、独特の強さがあります。子育て中のお母さんとか、まさにそうですよね。何かあっても自分が倒れるわけにはいかないという覚悟の違いでしょうか。こういった活動が趣味の人は、そもそも長く入院したがりません。水やりがあるから、猫が心配だからと、早期退院を強く望みます。それから、人に媚びたり依存したりもしません。正直、傍から見ると水やりも餌やりも誰かにお願いしたらいいのに? と思うのですが、そこにもこだわりという名の価値観があるんですよね。自分が納得したプロセスをふみたいのです。それが、やりがいであり楽しさなんだと思います。
友達がいればいいのでは? という意見もありますが、友達ほど維持していくのが難しい関係性はありません。引っ越しで、仕事で、ライフイベントで、家族の都合で、と生きるコミュニティが変化してきた人のほうが大半だと思います。子どもの頃から高齢者になるまでずっとそばに友達がいる人なんて、宝くじに当たるよりもレアなんじゃないでしょうか。利益も忖度もなく、付き合い続けていける人は大変稀です。思い出して欲しいのですが、老いのプロセスや症状を抱えた者同士が関わるとして、スムーズにいくと思いますか? 相手と関わることが楽しいと思えるような心理状態と認知機能、備わっていますかね? 家族や医療関係者による愛護的な関わりが限界という人が、ほとんどだと思います。コミュニティに所属しておくことも有効ですが、あくまでも都合のいい関係であることを忘れてはなりません。弱いつながりは、非常時も弱いままです。あなたが危篤になったとき、ベッドサイドに駆けつけてくれるかどうかは、その人の都合や運、予定次第。確実ではないのです。





