「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった本連載を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
【前回】肺がんステージ4でも楽しい...。僕が送った「不思議な入院生活」
その日の晩、暗くなった天井を見ながら思った。
自分を認めるってこんなにも大変なことなんだ。
あの誰もが認める土屋君でさえ、そうだったのだから。
どうやら人間という生き物は他人のことはよくわかっても、自分のことになると、全く見えなくなるらしい。
僕もヒーローなのか......。
確かに今回のがんからの生還劇はヒーローっぽい話だ。
でもそう考えるとなんだか自分が他人よりも偉くなったようで、なんか違う感じがした。
そうか、だからヒーローを捨てるのか。
自分の素晴らしさを認め、自分を承認し、そしてそれにこだわらない。
そこに居続けない。
それをいとも簡単に捨て、身軽になって次の冒険の旅に出発する。
そうか、それが、自分がヒーローであることを認め、そしてそれを捨てるということなのか。
なるほど。
漢方クリニックを紹介してくれたナンバさんも何回も来てくれた。
真部会長は「ボクシング・マガジン」を持ってきてくれたし、僕の教え子の一人の高橋拓海君は毎週来てくれた。
僕は多くの人たちに囲まれて本当に幸せだった。
ある日、両親がやってきた。
僕はALKが適合したこと、アレセンサという薬が使えるようになったこと、その薬は治療効果が期待できることを話した。
「そう、ホントによかった......よかったわ......」
母はそう言って涙ぐんだ。
「やっぱり病院はすごい。東大は素晴らしい。科学って本当にすごいな」
父は病院と薬を褒めちぎった。
「うん、多分、これ効くと思う。だから安心してね。今まで心配かけてごめんね」
「そうか、よかった。東大に入院して本当によかったな。病院のおかげだ。先生に感謝しなさい」
父は嬉しそうにそう言った。
「まあ、そうだけどね」
僕はなんだか釈然としなかった。
「ほら、買って来たぞ」
父は真新しい「ボクシング・マガジン」を袋から出して、僕に渡した。
それは先日ジムの真部会長が持ってきてくれたものと同じだった。
「ありがと、でも、いいや」
「え、いいのか?」
「うん、同じもの、会長が持ってきてくれたから、ほら」
僕はそう言うと、棚の上にある「ボクシング・マガジン」を指差した。
「ああ、そうか」
父はちょっと残念そうに言い、手に持っていた「ボクシング・マガジン」をバッグにしまいこんだ。
「じゃあ、私たちは帰るわね。先生たちにちゃんとお礼を言うのよ」
母は念押しして嬉しそうに帰っていった。
その日の夜だった。
消灯して暗くなっても眠れない。
なんだか腹の底がグツグツ言っている。
ベッドの上をゴロゴロしているうちに時間が過ぎていく。
時計を見ると午前2時を過ぎていた。
このままだと眠れないな、ちょっと食堂にでも行くか。
僕はのそのそとベッドを起き出し、暗い廊下をはぁはぁと息を切らしながら足を引きずって食堂へ行った。
誰もいない食堂で、夜景が見える場所に座る。
どうして眠れないんだろう?
いつもなら、すぐに寝てしまうのに......。
夜空にそびえるスカイツリーを眺めながら思った。
この腹の奥でグツグツ騒いでいるのは、何だろう?
これは何だ?
......怒り、それは怒りだった。
何に怒ってるんだ?
父だ。
これは父に対する怒りだ。
おかしいな悲しみや怒りは浄化したはずなのに......
何でこんなに腹が立つんだ?
僕は怒りの声を直接聞いてみた。
すると......。
いた。
僕の中で怒りで叫んでいる子どもがいたんだ。
「なんで病院ばっか褒めるんだよ!僕だって頑張ったんだ!僕だって一生懸命、死ぬ思いで頑張ったんだ。必死で必死で、やってきたんだ。それなのに、なんで、なんで病院とか薬ばっか褒めるんだよ!」
そうか......。
そうだったのか......。
「そうだよ!僕を褒めてよ!僕を認めてよ!そのまんまの僕を見てよ!」
そうか、こいつがまだ叫んでいたんだ......。
そうだよな......そう思ったときだった。
僕の目の前に白髪の年老いた父が現れた。
それは書店で雑誌を探している姿だった。
「健が好きだから」そう言いながら広い書店を探し回り、棚から雑誌を見つけ、手に取った。
「よし、これは喜ぶぞ」父は雑誌を眺めると、嬉しそうに笑った。
それは「ボクシング・マガジン」だった。
そしてレジに行ってお金を払った。
身体が、かーっと熱くなり、心臓が激しく脈打ち、涙が噴き出した。
父さん!
あの雑誌には、父の想いが詰まっていたのに。
あの笑顔が詰まっていたのに。
僕はなんと、その「ボクシング・マガジン」をつき返してしまったのだ!
なんてちっちゃい人間なんだろう。
ごめん、父さん、本当にごめん......。
僕は、泣いた。