「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった本連載を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
【前回】がんは脳や肝臓にも転移しているけど...「僕はね、治るって確信があるんですよ」
一通り、医師や看護師たちが帰った後、夕食の時間になった。
メニューは魚と味噌汁、野菜のおひたしだった。
味のついた料理を口に入れる。
唾液が待ってましたとばかりに一気に口の中に広がった。
歯がしびれるほど美味しかった。
味って、すごい。
最高にうまい。
ああ、なんて幸せなんだ。
ここはやっぱり最高のリゾートだよ。
食堂から見える夕日に赤く照らされたスカイツリーを眺めながら、僕は幸せに包まれていた。
食堂から帰ってきてベッドで寝ていると、おもむろにカーテンが開いた。
ん?と思って顔を上げると、そこには4年前に引退した元ボクサーの大場君がいた。
「お、大場!」
「刀根さん、お久しぶりです。おれ、今日ジムの矢沢さんからメールもらって、映画館で映画見てたんですけど、いても立ってもいられなくって......」
そう言って、言葉を詰まらせた。
「泣くな、泣くなよ、僕大丈夫だから!」
「はい、顔を見て安心しました。実はカーテン開けるの怖くって......」
「大丈夫、僕は治るからさ。治るって確信があるんだよ」
「そうなんすか?でも、おれ、刀根さんなら治るって思います」
「ありがとう、絶対に生還するから大丈夫だよ」
その後、食堂に移動していろんな話をした。
彼とは引退後に連絡が取れなくなっていた。
仕事がうまくいかなくて相当苦労しているらしいと噂話も聞いていた。
今はその仕事は辞め、新しい職場で活躍しているとのこと、一安心だった。
「おれ、もう一度ボクシングやりたいんです。やっぱり、一度あのリングを経験したら、あれ以上のものって味わえないですよ」
「そうか、やっぱりそうだよな。大場はまだ若いんだから、全然やり直せるさ。仕事の状況を整理したらまた始めるといいよ」
「はい、おれ、今日刀根さんに会って本気でそういう気になりました。ありがとうございます!」
大場君は元気に帰っていった。
大場君と別れて食堂から戻ると、ベッド脇の椅子に男性が座っている。
誰だろう?
男性が振り向いた。
数年前にボクシングジムを辞めた先輩トレーナーの小沢さんだった。
小沢さんが辞めて以来、一度も会ってなかった。
「よっ、刀根さん、元気?」
にこっと笑って手を上げた。
「ええ、元気っすよ」
僕も笑った。
「ほら、これ持って来ましたよ」
彼は灰色のビニール袋をいたずらっぽく僕に手渡した。
中を覗くとエロ本だった。
さすが。
「俺は刀根さんは大丈夫だと思ってますから、心配してません」
小沢さんはニコッと笑うと、またひょい、と手を上げて帰っていった。
そういう彼の気遣いが嬉しかった。
僕はベッドの上に残った灰色のビニール袋を見て思った。
うむ、確かに大丈夫なんだが、さすがにこれを見る気にはならないな......嶋田さんに見つからないようにしなくっちゃ。
エロ本を親から隠す中学生の気分になり、自然と笑みが口元に浮かんだ。
こうしていろいろあった入院初日が終わった。