「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。
奇門遁甲
あっという間に10月になった。
がん宣告を受けて1カ月。
胸の真ん中が時々重くなったり、咳が出ることもあるけど、まだ生きている。
今日は運気を大幅に上げる奇門遁甲(きもんとんこう)の日だ。
今日で今までの悪い流れを断ち切るんだ。
僕は心の中でつぶやくと早朝の電車に乗り、トキさんの事務所で合流した。
事務所ではトキさんがヒノキの原木から杭を削り出していた。
見せてもらうと、その杭に何やら墨で文字が書いてあった。
僕の名前と健康祈願という文字だけ判別できた。
この杭を打ち込むための金槌、打ち込む場所を確認するための金属棒、打ち込む場所に撒くお神酒(みき)とお米とお塩が準備されていた。
2人で電車に乗り込み立川で下車。
ここでレンタカーを借りてひたすら西を目指す計画だ。
今日の10月1日の方位は西なのだそうだ。
僕が住んでいる場所から距離が遠ければ遠いほど、効果が出やすいと言う。
立川では調べておいたニッサンレンタカーの場所を地図アプリで探した。
僕は普段トヨタ車に乗っているので、今日は日産車に乗りたかった。
しかし、事前に調べていた場所にお店が見当たらない。
おかしいな?
ウロウロと立川の町を歩き回った。
少し歩き疲れてきた頃だった。
目の前にニッポンレンタカーが現れた。
僕たちは目を合わせた。
ま、いいかニッポンでも......。
結局ニッポンレンタカーでスズキ車を借りることになった。
スズキ車は軽快なエンジン音を響かせ、僕たち2人を乗せて高速道路に入った。
「このまま山梨まで行こう」
トキさんが言った。
山梨で高速を降り、そしてさらにひたすら西へ西へと走っていく。
車窓を流れる景色はだんだんと木々が生い茂る山道になってきた。
「いいね、人がいないほうが打ちやすいから」
トキさんが言った。
「まあ、変わったことをするから、誰かに見られないほうがいいんだよね。別に悪いものじゃないけれど、あとで興味本位で掘り返されたら効果がなくなっちゃうし」
「確かにそうですね。何を埋めたんだろうって思う人がいるかもしれないですしね」
「だからなるべく人のいない、山奥とか川っぺりとか、そういう場所を探すんですよ」
道はどんどん緑が濃くなっていく。
しかし、ところどころに軽トラックが止まっていたり、山奥なのに人が歩いていたりする。
よさそうな場所を見つけても、土のすぐ下が固い岩盤だったりしてなかなかよい場所が見つからない。
スズキ車は僕らを乗せて山道を走っていく。
高速を降りてもう3時間が経っていた。
だんだんと日が傾いてくる。
「なかなかいい場所が見つからないねー」
トキさんも少し焦ってきたようだった。
「おっ、あそこはどうかな?」
トキさんが指差した。
そこは山道から上に石の階段が続いていて、その先には神社がありそうだった。
「ちょっと見てみます」
トキさんは車を降りると階段を登っていった。
誰もいない静かな山道と、上に続く石の階段。
不思議な静けさに満ちた場所だった。
しばらくしてトキさんが降りてきた。
「とてもいい場所です。土も柔らかい。ここにしましょう」
僕は金槌やお神酒などが入ったリュックを担ぐと、石の階段を登り始めた。
この土地に古くから祭られている神社なのだろう、歴史を感じさせる石のすり減り具合だった。
階段を登ると、広い空間の向こう側に古い神社が現れた。
神社の手前には直径1メートルはあろうかと思われる立派な巨木がそびえ立っていた。
「立派な木だねー」
トキさんはまるで懐かしい友人と出会ったかのように目を細めた。
「この木がこの場所を守っているんだね。これ、ご神木だよ」
トキさんは愛しそうに木を撫でた。
「どこに打ちましょうか?」
「うん、神社の裏側が結構空いていてね、土も柔らかくていい感じなんだ」
トキさんは僕を案内するように神社の裏手に回った。
「ここらへんがいいかな?」
「その前に、お清めをしよう」
トキさんが言った。
僕はリュックからお神酒とお米とお塩を出して、杭を打つ場所にそれぞれ撒いた。
お清めが終わり、僕はリュックから木の杭を出すと地面に立てた。
「あ、向きに注意してね」
「向きですか?」
「うん、自分の名前は外側に向けるように」
僕はトキさんの注意に従って杭の向きを変えた。
杭を地面に立て、杭の上にタオルを当てて金槌で叩く。
コーン、コーン、コーン。
誰もいない森の神社、静溢な氣に包まれたこの場所に、気持ちのよい乾いた音が響く。
コーン、コーン、コーン。
地面はふわふわで柔らかく、あっという間に木の杭は土の中に吸い込まれていった。
「よろしくお願いします」
僕は打ち込んだ場所で手を合わせた。
どうか運気が上がりますように。
このとき僕は、この一連の出来事がその後の奇跡的なつながりの発端になることなど、知る由もなかった。