「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。
11月28日のことだった。
午後3時頃から左胸がズキズキと痛み出した。
原発のがんがあるところだ。
すぐにカラーブリージングを行なう。
痛みは治まり、ほっとした。
その頃、毎晩寝汗をびっしょりかくようになっていた。
一晩でパジャマを3回替えたこともあった。
その日もぐっしょりと寝汗をかいて目を覚ましたときだった。
左胸のがんがある場所がズキズキと痛み始めた。
痛い......。
痛みはすぐに強くなってきた。
あまりの痛みに息が吸えない。
ううっ息が......。
まずい、どうなるんだろう。
まずい、まずい、まずい。
この痛みはおそらく、がんの痛みだ。
がんがついに胸膜に達したのか?
掛川医師の言った通りになったのか?
がんがどんどん広がっているのか?
やばい、やばい、やばい。
「寝たきりになります」
掛川医師の渋い顔が浮かぶ。
うっ、うるせえ!
痛みはどんどん強くなり、刺激がズンズンと激しくなる。
いててててっ......痛てぇーっ!
若い頃、ボクシングの練習でパンチを顔面にくらって意識が飛んだときも、こんなには痛くなかった。
ボディブローで肋骨をへし折られたときも、これほどじゃなかった。
まるで錆だらけの五寸釘を1秒おきに打ち込まれているようだ。
1回ぐらいなら我慢もできるかもしれない。
しかし......1秒おきにずーっと刺され続けるんじゃ、たまらん!
グサ、グサ、グサ。
痛い、痛い、痛い!
一定のリズムで五寸釘が打ち込まれる。
グサ、グサ、グサ。
ううっ、このまま死ぬのか......ちょっ......ちょっと、待ってくれ!
グサ、グサ、グサ。
痛い、痛い、痛い!!!
グサ、グサ、グサグサ、グサグサ......。
し......死ぬぅ......。
死ぬときってこんな感じなのか?
僕は生まれて初めて〝痛み〟で死を意識した。
このまま死ぬかも......どうする?
救急車呼ぶ?
でも、病院でなんて言うんだ?
「僕、がんです。ステージ4です」
「はあ、それはお気の毒に」
だけじゃん。
どうしようもない。
痛みはどんどん強くなる。
息が、息ができねえ......。
呼吸を浅くするんだ。
深く胸を動かすと痛みが激しくなる。
なるべく胸を動かさないように、浅く、小さく空気を吸い込むんだ。
浅い呼吸を素早くするんだ。
そうやって酸素を取り込むんだ。
とにかく現状に冷静に対処するんだ。
はぁはぁはぁはぁ、はぁはぁはぁはぁ。
呼吸に意識を集中する。
しかしグサグサという刺すような痛みは変わらない。
うぐぐっ、い、痛ってぇー!
脂汗にまみれた額を手でぬぐったとき、急に思いついた。
あっ!そうだ、そうだ、薬だ!
薬を飲んでみよう!
がんが見つかってから今まで、食事指導を受けているドクターの指示で、合成的な化学物質は身体に入れないようにしてきた。
それが頭の中にこびりついていたのか、薬のことはすっかり忘れていた。
ドクターの顔が目に浮かんだ。
「薬は絶対飲んではいけません、風邪薬もやめてください。それは逆に命取りです」
じゃああんたはこの痛みに耐えられるのか?
今はそんなこと言ってる場合じゃない。
もう耐えられないんだ。
ふらふらと布団を抜け出し、居間の薬箱に向かった。
妻がそこにいなかったのは好都合だった。
彼女に苦しんでいる姿を見せたくなかった。
「おおっ、あった!」
効くかどうかはわからない。
でも、効いてほしい、頼む、効いてくれー!!
午前1時15分、急いで水と一緒に口に放り込む。
飲んでから約20分、だんだんと痛みが薄らいできた。
痛みの質が、グサグサからズキズキに。
おおーっ、効いてきたー。
痛みは次第に、ズキズキからチクチクへと変わっていった。
午前2時20分、痛みはほとんどなくなった。
チクチクも消えた。
はぁー......た、助かった。
僕は自然と両手を合わせた。
この薬を開発してくれた人たち、ありがとう。
この薬を作ってくれた会社、ありがとう。
家に買い置きしてくれた妻よ、ありがとう。
助かった。
ホントに死ぬかと思った。
しかし、今は薬で痛みを感じなくなってはいるが、薬の効果が切れたらまた〝あれ〟が始まるんだろうか?
これからずーっと、痛み止めを飲み続けることになるのか?
毎日毎日、永遠に飲み続けることになるのか?
マジで?
いやでも、今それを考えても仕方ない。
とりあえず、寝よう。
僕はぐっしょりと汗ばんだパジャマを着替え、もう一度布団にもぐりこんだ。
翌日、1週間ぶりに会社に出勤した。
電車の中で昨晩の激痛を思い出した。
昨日は最悪だったな。
昨晩にはできなかった深呼吸を、思いっきりしてみる。
胸が大きく動く。
新鮮な空気が肺に入ってくる。
痛くない。
全然痛くない。
ああ、なんて幸せなんだろう。
痛みなく空気が吸えるって、なんて幸せなんだろう。
電車の窓から、太陽の光が降り注いでいた。
僕の顔に、僕の手に、暖かいエネルギーがじわじわとしみ込んでくる。
なんて暖かいんだろう、なんて綺麗なんだろう、なんて美しいんだろう。
気づかなかった。
世界はこんなにキラキラしてたんだ。
息するだけでこんなに幸せなんだ。
生きてるだけで充分じゃないか。
息をするだけでこんなにも嬉しいんだ。
ほら、人生は喜びに満ちているじゃないか。
生きている、それだけでも『奇跡』なんだ。
生きてるってこと、それだけで、素晴らしいじゃないか。
僕はもう働けなくなった。
いつ始まるかわからない、こんな痛みと不安を抱えて働くことはできなかった。
ついに仕事を頑張れなくなった。
僕は会社を完全に休職した。