思わず声を失った...。冷たい声で医師に告げられた「恐ろしい予言」/僕は、死なない。(22)

「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。

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11月24日、掛川医師は相変わらず眉間にシワを寄せて僕の話を聞いていた。

「いろいろご心配とお手間をおかけしましたが、治療方針を決めました」

「そうですか、それで、えー、どうされるのですか?」

「抗がん剤はやらないことに決めました。やっぱり僕は抗がん剤はやりたくないのです」

僕の言葉を聞くと、掛川医師は、はーっとため息をついた。

「今は緩和治療といって副作用を減らす治療も進んでいるのですが......」

「いえ、それでもやりたくないのです。いろいろとお世話になりましたが、代替医療でやっていきたいと思っています」

「そうですか......」

掛川医師は眉間に寄せたシワをさらに深くして、目を細めるとこう言った。

「それでは、今のうちに介護申請をしてください」

「は?」

「介護申請です」

「介護、ですか」

「そうです。あなたが行くところは医師免許を持ってますか?」

掛川医師の声は冷たかった。

「ええ、持ってると思います。ドクターですけど」

「じゃあ、その方にお願いして今のうちに介護申請をしてもらうのです」

「どういうことですか?」

「身体が動かなくなってから申請をするといろいろと大変でしょうから、今のうちにやっておくといいと思います」

「身体が動かなくなる......と?」

「ええ、そうです。がんが進行していずれそうなります」

掛川医師は言い切った。

「そんなこと......」

「それからですね、これから原発のがんが大きくなります。すると場所が場所なので、胸膜に食い込んで転移します。すると、とても痛ーくなります」

掛川医師は"痛ーく"を強調して言った。

僕は思わず左胸を押さえた。

「それから肺じゅうにがんが転移して、咳が止まらなくなります。常に酷い咳がずっと出ている状態になります」

「咳が......」

「痰に血が混じるようになるでしょう。血痰です」

「血......」

「それから、肺の中のリンパが腫れあがって、声帯を圧迫して声が出なくなります。かすれ声しか出なくなるでしょう」

「......」

「それから、気道にある調整弁がうまく働かなくなり、水分を飲むと気道に入り込んでむせるようになります。間違って水分が気道に入り込むのです。水を誤飲して呼吸困難になることもあるでしょう」

「......」

「それから、身体中がだるくなり、起き上がることも大変になります。そして寝たきりになります」

「......」

「寝たきりになったときに介護申請をするのは大変です。ですから、今のうちにやっておいたほうがいいでしょう?」

掛川医師は僕の顔を下から見上げながら、恐ろしいことを言った。

何も言えなかった。

そんなことは聞きたくなかった。

尋ねてもいないことを言われたくなかった。

僕は言葉を失って黙った。

掛川医師はさらに言葉をかぶせてこう言った。

「刀根さんが当院の治療を受けないということであれば、今後いっさいの診察や経過観察などはいたしません。刀根さんが決めたクリニックでやってください」

僕は気を取り直した。

これは僕に対する挑戦だな。

こいつ、僕に挑戦してきやがった。

よし、その挑戦受けて立とうじゃないか。

生存率3割がなんだ。

絶対にクリアしてやる!

僕は不敵にニヤリと笑った。

「いいでしょう。今までお世話になりました。掛川先生、僕は必ずがんを治します。がんをきれいさっぱり治して、必ずあなたの前にもう一度ご挨拶に伺います。そのときはよろしくお願いいたします」

僕は立ち上がり、強引に掛川医師の手を握ると、診察室から大またに出ていった。

やってやる、やってやる。

あいつをギャフンと言わせてやるんだ。

怖がらせるようなことを言いやがって。

僕に対する脅しか?

自分の治療を断った腹いせか?

負けねえぞ。

絶対に負けねえ。

この戦い、負けるわけにはいかないんだ!

僕は心の中で悪態をつきながら、大またで病院を後にした。

次のエピソード:がんになった僕の代わりなのか...11年飼っていた愛犬の死/僕は、死なない。(23)

【まとめ読み】『僕は、死なない。』記事リスト

shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこと」として当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

この記事は『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』(刀根 健/SBクリエイティブ)からの抜粋です。

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