年功序列に根性論、空気を読む人は、もう合わない。人生100年時代に見直したい「日本の古い慣行」

定年退職の後や年金受給の時期など、考えなければならないことが山ほどある「老後の暮らし」。哲学者・小川仁志さんは、これから訪れる「人生100年の時代」を楽しむには「時代に合わせて自分を変える必要がある」と言います。そんな小川さんの著書『人生100年時代の覚悟の決め方』(方丈社)から、老後を楽しく生きるためのヒントをご紹介。そろそろ「自分らしく生きること」について考えてみませんか?

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哲学で古い慣行を見直す機会に

冠婚葬祭をはじめ、日本には古い慣行がたくさんあります。

人生100年時代の視点から、私が日ごろ疑問に思っている慣行を見直すためのヒントを提案しておきましょう。

まず年功序列です。

日本においては、いまだに多くのことが年功序列で決められています。

出世はもちろんのこと、物事をする順番もそうです。

目上の人を敬うという儒教的な発想で、それはいい部分もあるわけですが、その本質は、年をとっているほど優れているという考えが前提にあります。

だから敬う必要があるのです。

しかし、普通に考えても、年をとっているだけで優れているということはまったくありません。

経験豊富とはいえそうですが、それもどんな経験かによりますし、必ずしも年齢には比例しません。

ましてや人生100年時代においては、年功序列をそのまま守っていては、若い人にはなかなかチャンスも順番も回ってきません。

それに人々は同じことをずっとやる時代ではなくなるので、年をとっているほど経験豊富ともいえなくなるでしょう。

したがって、年功序列の慣行はなくしたほうがいいと思うのです。

誰かを敬うべき必要があれば、その都度合理的理由に基づいて敬えばいいのです。

若い人がお年寄りに席を譲るのは、若いほうが体力があるからです。

その若者が病弱なら、元気なお年寄りが席を譲ることに反対する人はいないでしょう。

次に、見直したいのは、根性を出すという発想です。

スポ根などというように、運動系の部活動などでよく使う表現です。

もともとは仏教用語の「機根」に由来するといいます。

人間が本来持つ心のことです。

本来持っている力(素質)を発揮せよということなら、たしかに根性を出すことはいいことなのかもしれません。

しかし、実際には、根性を出せというとき、私たちは人に無理を強いているのではないでしょうか。

その人が本来持っている力ではなくて、それ以上使ってはいけないエネルギーを使いはたすことを無理強いしているように思えてなりません。

つまり、それは寿命を縮めていることにもなるのです。

根性を出して頑張りすぎて、身体を壊してはなんの意味もありません。

とりわけ人生100年時代という長丁場では、いかにエネルギーをセーブして、長い距離を乗り切るかが大事です。

だから根性はいらないと思うのです。

いるのはコントロールだけです。

コンジョーよりコントロール。

三つ目は、金に物をいわせるという考え方です。

この世はいまだにお金が支配しています。

お金で買えない物はないと考えている人もたくさんいます。

お金はそれ自体に価値があるわけでなく、あくまで交換の手段です。

にもかかわらず、何とでも交換できることから、あたかもそれ自体に価値があるかのように勘違いしているのです。

そこから拝金主義が生まれます。

しかし、本当になんでもお金で買えるのかどうか。

たとえば心の豊かさはどうでしょうか?

もちろんその心の豊かさを何によって得られるかによるわけですが、物質的なものを与えられただけでは心が豊かに感じられないとすれば、お金では容易に解決できないでしょう。

愛、友情、絆、なつかしさ......。

そういった精神的なものはなかなかお金では買えません。

ところが、人生100年時代というのは、より精神的なものが重要になってくる時代なのです。

なぜなら、人が物質的なものを心の充足のための手段にするのは、比較的若いころだけだからです。

年をとるにつれて、物欲は薄れてきます。

私もそうですが、50歳にもなるともうほとんどありません。

それよりも精神的なものを心の充足の拠り所にしだすのです。

少なくとも人生後半の50年は、お金よりも心のほうが大事になってきます。

四つ目は、身分が釣り合わないという発想です。

聞いただけで時代錯誤ですが、いまだにそういう考え方は深く根付いています。

人間に優劣はないはずですが、差別意識がなかなかなくならないのと同じで、どうも人間は優劣のレッテルを自分で貼ってしまう存在のようです。

家柄とか、職業、収入、容姿などさまざまな要素において、身分の釣り合いを考えてしまうのです。

分不相応、身の程知らず、身の丈に合ったという表現も同じです。

これらは謙虚であれという意味では、決して悪いものではないですが、それが身分の釣り合いというニュアンスで使われるときには、いやらしい意味になってしまいます。

「お前如きがあの人と付き合うだなんて、この身の程知らずめ」といったように。

人生100年時代は、価値が多様化する時代でもあります。

色んな人が色んなキャリアを経るのが当たり前の時代ですから。

一定の基準で物事の優劣を決めることはできなくなってくるでしょう。

身分に優劣をつけていたのは、世の中の価値が一つに決められていた時代です。

だからもう身分の釣り合いなど気にする必要はなくなるのです。

五つ目は、空気を読むという風潮です。

みんなに合わさなければならないという意味です。

日本においては特にそれが求められるわけですが、その理由は、社会の同質性にあります。

みんなが同じ価値観を共有しているような社会、あるいは同じでないといけないと思っているような社会においては、自分だけ違う意見をいったり、場違いな発言をすることは許されません。

だから空気を読めといわれるのです。

しかし、異なる意見が求められるような社会なら、もうそんな必要はないでしょう。

幸い人生100年時代というのは、異なる意見こそが求められる時代です。

多様な生き方をする人たちが、その多様性を謳歌するためには、異なる意見を尊重しなければなりません。

また、人生のうちに何度か大きな社会の変化を体験することになるでしょうが、その都度新しい状況に合わせるための知恵やテクノロジーが必要になるはずです。

その時みんなと違う意見こそが、発明やイノベーションを生みだすきっかけになるのです。

だからこれからは、空気を読む人ではなく、むしろ「空気を変える人」が求められるのです。

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117-H1.jpg哲学者が語る20の人生訓や新時代への考え方など、人生を豊かにしてくれる言葉が全5章にわたってつづられています

 

小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。大学で新しいグローバル教育を牽引するかたわら、「哲学カフェ」を主宰する。NHK・Eテレ「世界の哲学者に人生相談」に指南役として出演。最近はビジネス向けの哲学研修も多く手掛けている。

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『人生100年時代の覚悟の決め方』

(小川仁志/方丈社)

現在40歳の人の平均余命は残り44年。人生もう1回分あるのが今の時代です。これまでの価値観や方法は通用しないかもしれません。時代の変化に合わせて、自分を変えて、老後や余生を自然体で生きれるように。これからの人生を準備するための一冊です。

※この記事は『人生100年時代の覚悟の決め方』(小川仁志/方丈社)からの抜粋です。

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