「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。
翌日は早朝から山歩きだった。
太陽が昇る前、まだ暗いうちにホテルを出発した。
暗い森を歩いているうちに、だんだんと空が明るくなってきた。
それとともに鳥たちがピピピとさえずり始めた。
僕たちは山を降り、ふもとの秩父神社の境内で朝日を迎えた。
朝の空気で澄み切った境内には、僕たちしかいない。
ドン、ドン、ドン......。
境内の奥から荘厳な太鼓の音が聞こえてくる。
「毎朝、祝詞を上げているのですよ。誰もいない、誰も知らないところで毎日毎日、何百年も昔からずーっと祝詞を上げ続けているのです。すごいこと、素晴らしいことだと思いませんか?」
シンさんは微笑みながら尊敬のまなざしを境内の奥に送った。
「ほら、太陽のエネルギーを感じてみてください。あったかいでしょう?」
シンさんが微笑みながら太陽に手をかざす。
僕たちもみな、同じように手をかざしてみる。
本当だ。
手のひらが温かい。
太陽のある場所とないところでは全然暖かさが違う。
太陽の暖かさが大きな愛情のように感じられた。
「太陽のエネルギーは朝が一番澄んでいていいんです。さあ、深ーく深呼吸をしましょう」
シンさんが大きな口をあけて新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
僕も同じように大きく新鮮な空気を吸い込んでみる。
朝の空気と神社の神聖な氣のせいだろうか、身体が軽くなったように感じた。
朝食後に軽く休憩をしてからワークが始まった。
また歌からだ。
三つのパートに分かれて歌を重ねていく。
僕はカズミさんと一緒に声を合わせた。
カズミさんの声は素晴らしい。
低く威厳に満ち、そしてなぜか暖かだった。
まるで神様の声みたいだ、と僕は思った。
彼に導かれるように僕の中から声という音が引き出されていく。
女性たちの声も素晴らしい。
低いパートの女性の声は力強い生命力を表し、高いパートの女性の声はまるで天使のささやきのようだった。
そして、三つのパートが重なり合ったとき、僕の心の中から何か抑えきれない熱いものが湧き上がってきた。
なんだ、何が来てるんだ?
まずい、このままだと......!
その瞬間だった。
涙があふれ出した。
自分でもわからない、止められない。
声が震え、うわずる。
涙がどんどん湧き出してくる。
すると、まるでそれに連鎖したかのように歌っていたみんなの目からも涙があふれ出した。
横のカズミさんも泣いている。
シンさんも泣いている。
女性たちも泣いている。
僕たちはみんな泣きながら歌を歌った。
歌い終わった後、シンさんが涙で頬を濡らしたまま、僕に顔を向けた。
「何が起こったんですか?ぜひ、聞かせてください」
僕は少し恥ずかしかった。
今まで一度も人前で涙を見せたことはなかった。
「はい......。なんて言ったらいいのか......波動、波動ですかね」
「波動......ですか?」
「そうですね......言葉にすると月並みですが、愛でしょうか。愛の波動、振動にアクセスしたというか......つながったような気がします。そしたら、涙がどっと出てきて......」
そこでまた泣きそうになった。
「大変よい経験をされましたね。愛の波動につながったんですね」
シンさんは慈愛に満ちた笑顔で僕とみんなを見回した。
「そうなんです。この波動、愛の波動が全てを癒すんです。病気と闘ってはいけません。そうじゃなくて病気を愛するのです。がんを愛するのです。がんはそれを教えるために生まれてきたのですから。身体の中にいる最高の医師である自然治癒力を信じるのです。そうすればがんは自然と消えていくでしょう」
夜、シンさんがチェロでコンサートをしてくれた。
「チェロの音は人の声に近いのです。身体を癒す音なのですよ」
すると、カズミさんが言った。
「私もギターを持ってきているのですが、参加していいでしょうか?」
「ええ!もちろんです!素晴らしい!」
シンさんは満面の笑みを、さらにはちきれんばかりに輝かせた。
カズミさんはなんと世界的に有名なアーティストだったのだ。
そんな有名な人に楽譜を教えてもらっていたとは......。
2人のアンサンブルが何曲か続いた後、僕は手を挙げリクエストをした。
この2人の音で「アメイジング・グレイス」が聴きたくなった。
「いいでしょう」2人は目を合わせると、ニッコリと笑った。
ケルトの少し悲しげな旋律がチェロから流れ始めた。
カズミさんの暖かなギターの音がそれを支えるように寄り添っていく。
二つの楽器の醸し出す音が、波動が、周波数が、部屋を満たしていく。
その音はまるで「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」とささやいているようだった。
そのとき、紛れもなく僕たちは愛の波動に包まれていた。
ふと気づくと、僕の頬を涙が濡らしていた。
横を見ると、みんな泣いていた。
それは僕にとって一生忘れることのできない、アメイジング(驚くべき)グレイス(贈り物)だった。
ワークショップの最終日、参加したみんなが輪になって自分の体験、気づいたことを自由に話し合った。
シンさんは言った。
「生きているでしょう、今。それに感謝するんです」
みんな2日前に初めて会ったとは思えないほど、心がつながっていた。
自然にハグが始まった。
涙があふれてきた。
その一人が言った。
「タケちゃんはがんを治して、シンさんみたいな人になる気がする」