「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。
次は温熱療法のクリニックを訪ねた。
お湯の入った特殊なカプセルに入り、体内の深部温度を測りながら身体に負担をかけないように体温を上げていく。
身体を温めることでヒートショックプロテインという特殊なたんぱく質を血液中に作り出す。
このヒートショックプロテインが免疫力を引き上げ、がん細胞をやっつけるのだ。
ドクターは温熱療法の仕組みと事例をじっくりと説明してくれた。
このクリニックでは血液検査もやっていて、腫瘍マーカーの測定もできるらしい。
また栄養療法のクリニックで聞いた高濃度ビタミンC点滴も温熱療法と併用しているとのこと。
体温を上げ、血行がよくなった状態で高濃度ビタミンC点滴を行なうと、より効率的にがん細胞を破壊することができるのだそうだ。
うむ、これも捨てがたい......。
僕が億万長者だったら訪ねたクリニックの治療を全部並行してやりたかったが、そうもいかなかった。
お金には限りがあるし、ステージ4という状態では持ち時間にも限りがあった。
どれかに決めなければならない。
掛川医師に書いてもらったもう1通の診療情報提供書を持参し、食事療法で有名なドクターがいるクリニックに行くと、あいにくお休みの日だったので、郵便ポストに手紙を添えて投函し、後日電話をかけた。
「先日ポストに診療情報提供書を投函した刀根と申しますが......」
少し心配しながら話し出すとすぐさま
「ああ、ちゃんと受け取っていますよ、ご安心ください。私は当院の看護師です」
と親切な女性の声が返って来た。
「書類はドクターにお渡ししてあります。その前に、別の担当医師からご連絡が入ると思います。当院の決まりでして、診察の前にペット検査を受けていただくことになります」
「ペット検査ですか......」
「はい、当院では4カ月ごとにペット検査を受けていただくことで、経過観察を行なう仕組みになっているんです」
前回、大学病院でもペット検査は受けていた。
ペット検査とは、放射能を被爆させた特殊な糖を身体に点滴で注入する。
するとがん細胞は糖が大好物だから糖を体内に取り込む。
タイミングを見計らってCTで全身を撮影すると、放射能に被爆した糖質を取り込んだがん細胞が淡く緑色に光って見えるのだ。
検査が終わったとき、担当のドクターがこう言った。
「今日は身体から放射能が出ていますから、小さなお子様のそばには寄らないでください」
は?
何それ?
そんな話聞いてないよ。
その話を聞いたせいか、帰り道、頭がくらくらした。
家に帰ってガイガーカウンターで自分の身体の放射線を測定して驚いた。
9・99μシーベルト/h......機械の測定限界を振り切っていた。
まずい、がんなのにこんなに放射線浴びて大丈夫なのかよ。
しかも体内に残ってるし......。
早速2リットルのミネラルウォーターを持って熱めの湯船に浸かり、水を飲んでは汗をかいて放射能を排出した。
身体の水分を約2リットル入れ替えてから放射線を測定すると3分の1くらいに減っていた。
結局、放射線量を感知しなくなるまで1日半くらい時間がかかった。
またあれをやるのかよ。
「わかりました」
気が進まなかったが、あれをしなければ診察を受けられないのならば仕方がない。
「数日中に別の担当医師から電話が入ると思いますので、そのときに検査の日時を決めてくださいね」
数日後、言われていた通り、男性の声で電話がかかってきた。
「ペット検査の日時を決めます。来週の木曜日は来れますか?」
「いや、ちょっと仕事が入っていまして......」
「じゃあ、次の火曜日は?」
何か尋問されているみたいだ。
「あいにくその日もふさがっていまして......」
「それじゃ、いつ来れるんですか?診察が遅れるだけですよ」
男性は冷たく突き放すような声で言った。
「あのー、そんなにペット検査をしなくちゃいけないんですか?先月に大学病院でもペットをやったので、そのデータを見ていただくことはできないんですか?短い間にそんなに何度もやりたくないんですよ。放射能とかいろいろありますし」
「それはできません。当院の決まりでそうなってますから。ペット検査をしなければ、診察は受けられません」
男性は腹を立てたように言った。
僕も腹が立ってきた。
患者は僕なんだぞ、なんだその言い方は。
「もう一度考えてから、お電話します」
そう言うと、相手の言葉も聞かずに電話を切った。
僕は決めた。
ここの診察はやめだ。
あの有名なドクターの診察は受けたかったけど、他のドクターがこんな感じだったら最悪だ。
こんな気分の悪いところに行ったらがんが悪化する。
翌日、断りの電話を入れた。
数日後、ボクシングの教え子、大平選手が僕を訪ねてやってきた。
「刀根さん、この本を読んでください」
それはがん治療で有名な近藤誠さんの著書だった。
僕も読みたいと思っていたところだった。
「刀根さん、絶対に治ってください。僕、信じてますから!」
大平選手は目に熱いものを浮かべて握手をして帰って行った。
早速、近藤誠さんの著書を読んでみる。
概ね僕の考え方と同じだった。
しかし肝心なところが違った。
著書ではがんもどきは治ると書いてあった。
現代はがんもどきをがんと診断して薬づけにして逆に身体を壊してしまっている。
だからもっとやさしい治療をすれば治るんだ。
そう、それは僕もそう思っていた。
しかし、著書ではがんもどきではなく本物のがん、進行性のがんは残念ながら治らない、やりようがない、と。
だから本物のがんになったら静かに余生を過ごして残りの時間を楽しんでください、と。
なんだよ!
僕は進行性の本物のがんだった。
静かに余生を過ごす?
残りの時間を楽しむ?
そんなことできないし、やるつもりもない。
座して死を待つわけにはいかない。
これは納得できるものなんかじゃない。
それ以降、近藤誠さんの著書は読んでいない。