「女は大学に行く必要ない」と言い切った父。介護をしながらも消えないその理不尽さへの思い

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ペンネーム:あめゆじゅ
性別:女
年齢:55
プロフィール:一昨年の秋に認知症でパーキンソン病をもった父(86歳)を呼び寄せて一緒に暮らしています

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

父は86歳。認知症もあり1年半ほどまえから一緒に暮らしています。着替えや歯磨きなどちゃんとできないことも増え、要介護1ですがそれなりにお世話が必要になっています。

そんな父ですが、私は子供の頃、父が嫌いでした。父は無口な人で声を荒げたり手をあげたりすることはなかったのですが、面と向かって話ができない威圧感がありました。お酒を飲むと説教じみて絡んでくるのでそれも嫌いでした。それと父が育った時代と環境のせいか「女はこうあるべき」「男はこうあるべき」とあからさまに役割分担を強いてくるのです。兄には「男子厨房に入るべからず」といってお茶さえも入れさせません。私が一番嫌だったのは「女の子は勉強しなくていい」「できなくていい」と言われてきたことでした。

私は勉強が好きな子供ではなかったのですが、高校生になると進路のことで悩みました。父の考えは、兄には「男は将来妻子を養わなければいけないから、いくらお金がかかってもいいから大学には行きなさい」そして私には「女は結婚して子供を産んで育てるのだから大学に行く必要はない」です。私の通った高校はいわゆる進学校ではなかったものの、生徒のほとんどが大学への進学を希望。私も大学に行きたいという思いはありました。

父は公務員で「公僕は最低限の生活ができるだけの給料しかない」が口癖。習い事一つさせてもらえなかったのですから、二人の子供を大学に行かせるだけの金銭的余裕はないというのも、理解できなくもありません。兄は既に理系私立の大学に通い、当時でも年間に80万円ちかくの学費がかかっていました。無理は言えないのは私もよくわかっています。しかし「女だから」というのはあまりにも理不尽。父の言いなりにはなりたくなくて、高校卒業後は1年間バイトをしてお金をためながらラジオ講座で宅浪。親には一切相談せず、受験料も全て自分で払って地方の国立大学の願書を取り寄せて受験。なんとか合格したのでそれを機に家を出たのです。

今になってわかるのですが、父には学歴コンプレックスがあります。運よく公務員として働いてきましたが、戦争という時代に翻弄されて父は高卒です。貧しい農家のせがれは学問よりもまず食べていくことが優先されたのかもしれません。

また、父はヒトとしても未熟でした。時代の先を読むだけの賢さも持ち合わせておらず、その時を生きるだけで精一杯。親としての威厳というより虚勢を張っていたのかもしれません。親と言っても人格者でもなく所詮ただのヒト。それはこの年になった私だって同じです。親になっても、長く生きても、情けないかな人としてはまだまだ未熟なのです。

「お前は女だから」そういわれて育った環境。いまさらそんなことを持ち出してみても仕方がないと理解しています。老いぼれた父の世話をしながら、あの時はあんなことを言われたと言って掘り返している自分が情けなくもあります。しかし時代と環境と割り切っても、介護という負担がかかると、自分の親ではありますが「私はこの人に可愛がってもらったっけか?」と思うこともあります。そんな自分を嫌に思いながら、娘として今日も父の世話をしています。

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