「がんになったんだ」42歳ママ友の余命は3カ月と宣告...ともに泣き、笑った数カ月、良い時間だったかな

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ラズベリイジャム
性別:女
年齢:52
プロフィール:愛猫2匹に癒される日々を送っています。50代にして再就職するアクティブ主婦です。

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6年ほど前の、私(46歳)と知人のYamaさん(仮名。享年42歳)のお話です。

近所に次女のクラスメイトが住んでおり、その家の笑顔のかわいいお母さんがYamaさんでした。

特別、仲が良かったわけではありません。

たまにランチに行って近況を話し合う程度の関係です。

しかしある日の朝、子どもたちが小学校に登校した後、Yamaさんが突然我が家を訪ねてきました。

少しやせたな、と思ったのを覚えています。

「私、変わったでしょ」

笑顔で話す彼女に「やせたね」と返し、お茶でも飲もうかと家に招き入れました。

「突然来るなんてめずらしいね! うれしいけどどうしたん?」

「あのね...」

深刻そうな顔をしたYamaさんが言った言葉に驚かされました。

「実はがんになったんだ」

「...私にそんな大事なこと話していいの?」

思わず聞いてしまいました。

どうしても私に聞いてほしかったと彼女は言いました。

病状は悪く、すでにステージ5であると。

なんと声をかけてよいかわからず二人で泣いてしまいました。

まだ3歳の子どもがいるのに、もう手術もできず助かる道がないと宣告されてしまったと。

余命が3カ月あるかないかだそうです。

それ以降はちょくちょく遊びに来ては、話をして二人で過ごしました。

少しでも楽しい思い出を作ってほしかった私は、彼女にネイルをしたり、おいしいお茶を取り寄せたり、普通で楽しい時間を過ごすことにこだわりました。

2カ月が過ぎたある日、朝からインターフォンが鳴ったので慌てて出ると、クレジットカードを持って泣きじゃくる彼女の姿がありました。

「どうしたん!?」と聞くと、サプリメントを夜中に買おうとしたのだけれど、うまくクレジットカードが使えなくて買えないと泣いています。

何とか落ち着かせて一緒にサプリメントを購入しました。

泣きながらホッとしている彼女を見て切なくなり、また二人で泣いていました。

私には何もしてあげれないのです。

Yamaさんががんであることは、ご主人と私以外知らないと言っていました。

Yamaさんの娘と私の次女の小学校の卒業式の後、3カ月がたってからYamaさんは亡くなりました。

余命3カ月と言われていたのですが、半年以上がんばりました。

娘の中学校の入学式も見ることができたのです。

凄いお母さんだったと今でも思います。

彼女は娘の成人式を見られないと感じていたのか、娘さんはとても素敵な袴を着て小学校の卒業式を迎えました。

とびきりの笑顔のYamaさんに声をかけられませんでした。

中学の入学式を終えてしばらくして入院。

最後に彼女は私に会うことを拒み、私もなぜかお見舞いに行けませんでした。

後でご主人とお母さまに話を聞くと、変わってしまった自分の姿を見られたくなかったそうです。

今でもYamaさんを時おり感じます。

なぜ私を信頼したのかは今でも分かりませんが、彼女と過ごした時間はとても大切で、死というものを身近に感じた経験でした。

私が彼女が今いる世界に行ったときに、なぜ最後に私と過ごすことを選んだのか、それがYamaさんにとって良い時間だったのかと聞いてみようと思っています。

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