<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ぴろ
性別:女
年齢:56
プロフィール:親の介護が終わり、今年は新しいことを始めたい気持ちです。
26歳から31歳にかけて、私の生活は不摂生そのものでした。
タバコは1日に1箱か2箱吸い、毎晩飲み歩き、家に帰るのは深夜。
今となっては考えられないのですが、その頃の私はお酒をつまみなしで飲んでいました。
「何か食べるとお酒の味が分からない」とうそぶきながら...。
毎晩飲み歩き、夜中3時4時に寝る、そして7時には起きて会社へ行く、そんな生活です。
ひどいときは家に帰って玄関で靴を履いたまま寝ていたこともあります。
着替えもせず、間に合わないと飛び起きて、そのまま会社に行っていました。
酒とタバコがあれば幸せみたいな人生で、遊びも仕事も全力がモットーでした。
毎日飲み歩く日々が終わりを告げたのは、結婚をした32歳のとき。
しかし、その少し前に原因不明の痛みに襲われたのです。
手指が痛いのですが、何かが少しでも触れたら針を刺されたような痛みが走るのです。
皮膚科の先生が詳しく調べてくださって、難病の疑いがあるということになり、紹介されて専門医にかかりました。
そのときはまだ治療が必要ではないということで、経過観察を続けることになりました。
そして40歳の頃、仕事のストレスが原因でついに発症し、免疫系の難病と認定されてしまいました。
初めての長期入院、それに伴う退職。
病気と縁がなかった私が56歳になった今でも定期的に通院、投薬治療を続けています。
タバコは30歳でやめました。
お酒も今は、年に数回しか飲みません。
もともと丈夫だった体を自分自身で痛めつけてきた「ツケ」が、人生の後半でまとめてやってきたのです。
毎朝1、2錠どころではない量の薬を、ざらざらという感じで飲み下しています。
薬を飲み始めたころはなんだか自分が情けなくて、気分がどんよりしていましたが、人間は環境に慣れるものなんですね。
今では薬を飲むことに抵抗がなくなりました。
しかし、薬の副作用と思われる症状で股関節が壊死しました。
それからも病気が増えています。
がんにもかかり、持病のせいで入院が通常よりも長期間になりました。
持病があること、薬を飲んでいることで、できないことが増えました。
日光に長時間あたるのはNGです。
海で海水浴もできなくなりました。
就業も病気があると難しい場合もあります。
ヒールの靴はだめですし、永久脱毛すら医者に止められました。
歯が悪くなってもインプラントもできません。
病院代も薬代もなかなかばかになりません。
それまで体が丈夫だっただけに、病気で仕事を休むことは、ほぼなかった私。
体調を崩して仕事を休むような人を、自己管理ができていない人だと思っていました。
辛い人の痛みがわからない、自分にも他人にも厳しい人間でした。
仕事も家事も全力で必死にやってきたので力を抜くということができなくて、自分を追い詰めてしまいました。
結果として病気を発症したのです。
病気は神様からの、もっとゆったりのんびり生きて人に優しくしなさい、というメッセージだったのかなと今は思っています。
病気は気が滅入ることも多いけど、以前のキリキリした自分より今の方が好きかもしれません。
それが唯一、病気をしてよかったと思えることです。
とはいえ、もっと規則正しい生活が送っていれば、ここまで病気のデパートみたいにはならなかったかもしれないと思っています。
人間、歳をとれば、老化して免疫力が下がって病気にかかりやすくなります。
少しでも健康で楽しい生活を長く送るためには、若いうちから自分の体と心のメンテナンスが必要だと思う今日この頃です。
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