風に揺れる立浪草を眺めながら思い出す大好きな叔母...5年越しの思いを込めて「ありがとう」

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:さんた
性別:女
年齢:45
プロフィール:45歳、主婦です。

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母方の叔母は、私が40歳のときに70歳で亡くなりました。

叔母は東京で一人で暮らし。

自立したキャリアウーマンだった叔母は、地方に住む私にとって子どもの頃からの憧れでした。

年に数回おしゃれをして遊びに来て、私の住む地域では見たことのないようなお土産を買って来てくれる、知的で刺激的な存在だったのです。

10代の頃には、叔母の住む家に下宿させてもらって大学に通いました。

その後、帰省して故郷で家族を作りましたが、叔母とはずっと連絡を取り合っていました。

ある日、元気だった叔母が入院したと知らせが。

少し前からよく転ぶようになっていたようですが、検査の結果、パーキンソン病にかかっていることが分かりました。

病名が判明してからはあっという間でした。

何度もお見舞いに行きましたが、行くたびに動けなくなっていく叔母を見るのは辛かったです。

動けないけれど意識ははっきりしている叔母のために何かできないものかと思い、学生時代に叔母に買ってもらった小説を枕元で読んだり、クリスチャンの叔母のためにアベマリアを聴かせたりして過ごしました。

顔の筋肉さえ動かすことができなくなった叔母は、笑うこともなくなってしまいましたが、目の表情で喜んでくれているのが分かり、いろいろなことを話しました。

意識がはっきりしているのに体が動かせなくなっていくこの病は、どれほど辛いものだろうか想像がつきません。

話しかけることやマッサージをすることくらいしかできない自分が情けなくなり、叔母の辛さと考えると悲しくてたまりませんでした。

叔母が亡くなった後も、大好きな叔母の苦しむ姿が頭をよぎり、悲しい気持ちに包まれる毎日を過ごしていました。

叔母の死からしばらくたってから、お墓に叔母が好きだった立浪草を植えました。

夏になると小さく可憐な花が一定方向を向いて咲き、それがまるで波のように見える花です。

生前、叔母は狭い庭にこの花を植えていてよく眺めていました。

叔母が亡くなって5年目の夏、叔母のお墓参りに行ったときのこと。

風になびく無数の立浪草の花を見て、ようやく穏やかな気持ちで叔母を思い出すことができました。

入院中は本当に辛いことばかりだったけれど、立浪草を眺めていた叔母の優しい顔が浮かんできて涙が出ました。

今では叔母が穏やかな顔で私に寄り添ってくれているような気がします。

悲しみを乗り越えて、前に進もうと思えたお墓参りでした。

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