「大丈夫、あなたの妹は立派になりましたよ」25歳の若さで天国に旅立った幼なじみへ贈る言葉

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:みけ
性別:女
年齢:51
プロフィール:両親と同じ敷地内に住んでいる51歳自営業。

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数年ぶりに近所のお宅を訪ねて思い出した話です。

そのお宅には2人の兄妹、私の3歳下のA君、5歳下のBちゃんがいました。

父親同士が仕事仲間という関係から家族ぐるみの付き合いで、2人のことは弟妹のように思いながら育ちました。

そのA君が、彼が中学生になって間もなく白血病を患ってしまいます。

当時、私は高校1年生でしたが、先日まで元気で一緒に遊んでいたA君がまさかと強い衝撃を受けました。

治療のために入退院を繰り返すA君の気持ちが少しでも明るくなるようにと思い、入院したときにはできるだけまめにお見舞いに行きました。

学校に戻ったときに使ってと、手作りのバッグを渡すと「底が抜けるかもね」と素直にお礼を言わないA君。

手ぶらで行けば「何しに来たの?」と咎めるように笑うA君。

いろいろな彼の笑顔をよく覚えています。

その後、治療のかいがあり、A君は高校へ進学し、就職しました。

私も就職して地元を離れていたのですが、心のどこかで「もう、大丈夫」と思い込んでいました。

ところが、今から23年前、私が28歳のとき、A君は病状が悪化し25歳の若さで天国に旅立ってしまったのです。

母から連絡を受けたときは頭が真っ白になり、言葉が出ないまま涙だけがこぼれてきました。

もう一緒に笑い合えない現実を受け入れるのは辛かったです。

翌日、仕事を休んでお別れに駆けつけた私に、A君のお母さんからA君が私に充てた手紙を渡されました。

彼らしくないと思い驚きながらも読んでみると、書かれていたのは私との思い出と、妹に対する愛情と心配でした。

特に、お兄ちゃんが大好きなのに一人になってしまうBちゃんのことを考えると涙が溢れました。

そう言えば、子どもの頃からA君は、いつもBちゃんをイジリながらもよく面倒を見ていたっけ。

言葉とは裏腹に気持ちは優しい人でした。

きっと、Bちゃんにも素直に想いを伝えられていないと気が付いて、悪化していく症状のなかで一生懸命に手紙を書いてくれたのでしょう。

これは、ちゃんと応えなくてはいけない。

そんな思いから、Bちゃんとは連絡を切らさないように心掛けてきました。

そして現在。

当時、23歳だったBちゃんは持ち前の明るさを失わずご両親をしっかり支えて、今では46歳で3児の母になっています。

久し振りにA君にお線香をあげたとき、「期待されたほど力になれなかったかもしれない。でも、Bちゃんは自分でちゃんと立派にしていますよ。すごい妹ですね」と手を合わせながら心で話しかけました。

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