夫に尽くすことで、自分の存在価値を見出していた。「共依存」の落とし穴/chii

モラハラDV夫との異常な結婚生活を振り返っています。

いろんなことを乗り越えて、今やっと平穏な暮らしを取り戻すことができました。

本当に波乱万丈な結婚生活だったのですが、その中でも忘れられない出来事を書いていこうと思います。

前回の記事:夫の顔色を見て過ごす日々。理不尽なDVも「怒らせる私が悪いんだ」と思い込み.../chii

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夫とは私が29歳の時に出会い、一年交際したのちに結婚しました。

30歳になり、結婚を焦っていたので、夫の本性もわからずに結婚をしてしまったのです。

その時の感情を思い出すと、好きとか愛しているという恋愛感情はほとんどなくて、一番は同情でした。

夫の生い立ちは複雑で、異母兄弟が二人いました、その兄二人に小さい時からいじめられていたそうです。

そして義母は、夫が27歳の時に他界してしまいました。

兄二人とは遺産をめぐって大もめとなり、夫は人間不信になっていました。

その後父親との二人暮らしで、苦労の多い人生だったと聞きました。

そして夫は、今まで生きてきて楽しいと思ったことは一度もない、人生とは苦行だと言ったのです。

私は夫のそんな話を聞いて、なんてかわいそうな人なんだろうと思いました。

私は自分の好きなことばかりして好きなように生きていましたので、人生が苦行だなんて思ったことは一度もなく、人生は楽しむものだなんて思っていました。

かわいそうな人、結婚して温かい家庭を作って、私がこの人を支えてあげようなんて思ってしまったのです。

そして新婚旅行のハワイで夫のモラハラを知ることになりました。

夫の本性をはじめてみたのです。

でも、夫は優しい時もあり、子どもたちを可愛がってくれた時もたくさんあって、些細なことで怒鳴られることがあっても私が我慢すればいいんだと思うようになっていきました。

夫のモラハラやDVがひどくなったのは、義父が闘病の末に亡くなった時からです。

夫は自分イライラした時や、何かがうまくいっていない時は義父にあたっていたのです。

義父が亡くなり、その矛先は私にむかってきました。

少したってから、私は共依存という言葉を知り、私たち夫婦はこれかもしれないと気づいたのです。

一言で言ってしまうと、私と夫は自立していなかったのです。

夫は、私に対してモラハラやDVで攻撃をすることでしか、自分を保つことができない。

私は夫につくすことで、自分の存在価値を見出そうとしていたのです。

振り返ると私の父は妹を溺愛、母は兄を溺愛していて、私は小さい時から寂しい思いをたくさんしてきました。

自分はいらない人間なんだなんて思っていたこともあって知らず知らずに自分には存在価値がないんだと思うようになっていたのです。

そして、夫には私が必要なんだ、普段は優しい人だし、夫を怒らせるのは私が悪いんだなんていう共依存のドツボにはまっていきました。

共依存の特徴の一つに、相手を束縛するというものがあります。

これはモラハラの特徴と一致していますが、私の夫も束縛がかなり強かったです。

外で働くのは禁止、友達と会うのも嫌な顔をし、実家にはなかなか帰らせてもらえませんでした。

どこに行っていたかといちいち詮索されたり、しまいには家にいるかを確かめるために電話を入れてきました。

電話にでなかったら激怒するので、私はだんだん家にひきこもるようになっていったのです。

外で働くのは禁止だったので、経済的にも私は夫に頼るしかなく、子どもが小さいうちは、夫から離れようと思ったことはありませんでした。

その後、度重なるモラハラとDVは子どもたちを苦しめることにもなっていき、いつかはこの家を出ようと漠然と考えるようになりました。

まず行動を起こしたのは、夫に内緒で働きに出ることです、まず経済的に自立しなければと思ったのです。

内緒で働くのは大変でした、時々家にいるか電話をしてくる夫でしたので、仕事中に電話がくることも。

「どこにいるんだ? 早く帰れ!」と怒鳴られて、子どもが具合が悪いとうそをつき早退したことも何度もありました。

夫に内緒でスーパーのレジで働きだして、3年くらいたった時に、パートに出ていることを告白しました。

「誰に食べさせてもらっているんだ! おまえは家で何をしてるんだ? ちゃんと掃除をしているのか?」と怒鳴られた時に、「私だって働いている」と言い返してしまったのです。

その時の夫の反応は、「家にいない女はいらないから出ていけ」でした。

その後はたびたびの出ていけ攻撃もあり、私は月に一度は必ず追い出されるようになっていきました。

それでもなぜ離婚しなかったのか、そして今も離婚していないのか。

一言でいうと離婚できなかったのです。

離婚届は何度も破られ、最後は命からがら逃げだしました。

「離婚調停を起こす? ハハハ、俺がいくわけないだろう」と高笑いされました。

私はその時に、この人と闘っても時間の無駄かもしれないと思いました。

夫と闘う勇気も元気も残っていなかったのです。

別居後、夫に居場所がばれて大変な時期がありましたが、さらに違う場所に逃げて平穏な毎日をおくることができるようになりました。

夫から離れて静かな生活がしたい、ただそれだけでした。

夫に離婚を切り出すのは寝た子を起こすようなものだと思って、別居状態を続けています。

夫との共依存からは脱出したものの、今度は親子共依存にはまっていきました。

どれだけ自立していなかったんでしょうね、私。

最近、息子との共依存からも脱出し、一人暮らしを始めました。

60歳で自立? かなり遅いです。

それだけ私は共依存体質だったのかもしれません。

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健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

chii

モラハラDV夫の家を飛び出し、7年目のchiiと申します。離婚には応じてもらえずに、現在も熟年別居中です。つい最近、共に暮らしていた大学生の息子が自立をして一人暮らしになりました。某スーパーでサービスカウンターの仕事をしています。パートなので生活は楽ではありませんが、結婚生活が地獄だったからこそ、現在の一人の時間に幸せを感じています。別居直後から書き出した「60代小さく暮らす」お一人様の老後がテーマの「お茶のいっぷく」を書いています。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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