モラハラDV夫との異常な結婚生活を、振り返って書いています。
いろんなことを乗り越えて、今やっと平穏な暮らしを取り戻すことができました。
本当に波乱万丈な結婚生活だったのですが、その中でも忘れられない一日を書いていこうと思います。
前回の記事:「夫は本当は優しい、私が支えないと」モラハラの共依存にどっぷりつかっていた私/chii
夫は機嫌がいい時と悪い時、極端に人格が変わりました。
いつしか私も子どもも夫の顔色をみて過ごすようになっていきました。
夫の怒りのスイッチを入れないように、すごく気を使っていたのですが、まだ小さかった息子はよくスイッチを入れていました。
夫が怒り出すと空気が変わります。
その日も息子がスイッチを入れてしまい、夫は機嫌が悪くなってしまいました。
その後、夫の機嫌が悪いことを忘れ、私は些細なことで口ごたえをしてしまったのです。
「何~この野郎!」
と大声で怒鳴り始めました。
子どもたちは逃げるように二階の部屋へ避難していました。
怒りのスイッチが入るともう止まりません。
最後は、「出ていけ!」と言い出しました。
「いやです、子どもを置いてでていけません。」
「だめだ! 許さない、出ていけ! 俺を怒らせた罰だ」
「ごめんなさい、こんな夜遅くに行くところなんてないから許してください」
「だめだ! お前が出ていかないと俺の気持ちが収まらない」
そして、夫は近くにあった懐中電灯で私の顔を殴ったのです。
血がボトボトとしたたり落ちてきて、あまりの痛みに気が遠くなりそうでした。
救急車を呼んでほしい、私は夫に懇願しました。
でも救急車なんて呼ぶわけがないのです。
夜11時をすぎていたと思います。
夫はタクシーで病院に行けと言い、私に1000円札を握らせました。
車で送るとか、一緒についていくとかまったく考えてない様子でした。
額を抑えていたタオルはみるみる真っ赤になっていたし、痛みも強くなっていったので私は仕方なく一人で救急病院に向かったのでした。
夜中に血を流した女がタクシーに乗る、タクシーの運転手は怪訝そうな顔をして警察を呼んだ方がいいんじゃないかと言いました。
「転んでけがをしたので、大丈夫です」と言い、救急病院へと向かいました。
額がぱっくりと割れていて、すぐに縫うことになりました。
額に刺す麻酔の注射が痛かったこと今でも覚えています。
結局7針縫いました。 傷の処置をしてくれた先生には、夫に殴られたと本当のことを話してしまいました。
これは傷害事件だから、いくら夫婦でも警察に行くべきだと言われましたが、私は大事にしたくないという思いから、真夜中に一人でタクシーを探して帰宅しました。
家にもどると、夫はいびきをかいて寝ていたのです。
その時は「許せない!」と思いました。
次の日も何事もなかったような顔をしていた夫からは、ごめんの一言もありませんでした。
額に大きな絆創膏をはっていた私を見て、子どもたちはぎょっとしていたけれど、子どもたちにも転んでけがをしたと伝えました。
でも二階で息をひそめていた子どもたちはお父さんにやられたって気が付いていたと思います。
そんなことがあっても、私は私が我慢すればこの家庭はうまくいくのだ、夫はいつか改心するかもしれない、ついには夫を怒らせる私が悪いのだと思うようになっていきました。
それがDV被害者が陥りやすい「共依存」というものでした。
次回、共依存について書きたいと思います。
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