中一から続いた継母のいじめ。バカにされ、傷つけられ...51歳になった私が父の7回忌で決めたこと

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:わんわん
性別:女
年齢:51
プロフィール:勤めの主婦。56歳会社員の夫、21歳大学生の息子と3人で首都圏在住。

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現在51歳の私は、中学1年のときに両親が離婚し、私をかわいがってくれていた父と暮らすことになりました。

離婚から2年後、当時45歳だった父は、中学3年生だった私と13歳しか違わない28歳の職場の後輩と再婚しました。

初めて紹介されたとき、離婚騒動前の自宅駐車場で、父の車の助手席に乗り込んだ女性と同一人物だなと思いました。

しかし、当時の私はその意味に気が付きませんでした。

今なら分かります。

父は堂々と浮気をしていたのです。

そして、私は離婚の原因ともなった浮気相手に長年苦しめられることになったのです。

2人は盛大な結婚式を開いたようですが、父方の伯母の助言もあり、私は参列せずにすみました。

結婚式当日、伯母は私を買い物に連れていってくれました。

後妻とこれから仲良くしなくては、という気持ちもあったので、結婚のプレゼントにと指輪などを入れるオルゴールをお小遣いで買いました。

新婚旅行から帰ってきた後妻に渡したのですが「私、こういうの使わないから」と言われ、結局、指輪など一つも持っていない私が使うことになりました(今思えば、そう言われたのは父がいないときでした)。

父の再婚相手も仕事を続けながら、3人での暮らしが始まり、その後、年の離れた異母弟が生まれました。

後妻のことは好きではなかったけれど、小さい弟はかわいかったです。

後妻は父がいるときは私に親切にし、父が不在のときは私をバカにしたような言葉を投げつけてきました。

当時は彼女の変化に父の在否が関係しているとはなかなか気づかず、突然傷つくことを言われる日々に困惑し、びくびくしていました。

小学校の頃から常に大人に振り回されてきたので、家庭内のことは深く考えないように、嫌なことはなかったことにして忘れるように努めて、何とか心の安定を保っていたように思います。

父に告げ口をすると、私を大事にしてくれる父が後妻に対して怒ることは想像できましたし、そのせいでまた後妻に意地悪されるのはもう嫌...という気持ちが生まれ、告げ口はしませんでした。

地方都市に住んでいたのですが、東京の大学に進学するとか、自宅から通えない場所で就職をするといった積極的な行動も思いつかず、周囲と同じように地元の大学に進み、地元で就職。

しかし、25歳を過ぎた頃、父・後妻・異母弟の3人家族の中で自分が異分子に思え、「早く結婚してこの家から出たい!」と思うようになったのです。

そして、伯母や知人に相談し、東京在住の男性と結婚。

仕事も辞めて東京に住むことになりました。

物心がついた頃から家庭内のもめごとに翻弄されてきた私に、やっと心から安心して暮らせる場所ができたのです。

その後、父が73歳で突然死するまでの10年余りは、後妻とは帰省や親族の法事など父が同席する場で顔を合わせるだけでした。

同居していた頃のような思いをすることもなく、過去の辛い出来事も忘れつつ過ごしていました。

父が73歳で突然死したとき、私は45歳、後妻は58歳でした。

父が突然死したと思われる時間に、父が後妻の携帯に電話した履歴がありました。

後妻は仕事中だったから電話に出なかったとのこと。

父は後妻と同じ職場にいたので仕事のことも分かっていて、今まで後妻の仕事中に電話したことなどなかったのに。

その電話に出ていたら救急車を呼べたかもしれないのに...。

今でもその思いはありますが、この件について責めたりはしませんでした。

夫を失った彼女の方が辛いでしょうから。

葬式では娘として参列したものの、故人紹介のアナウンスでは父の人生に、私はいなかったかのようなストーリーが語られました。

後妻からは「遺産相続を放棄してほしい」と言われ、期限が間に合わないなどの理由で急いで捺印を迫られ、小さい頃からの家族のもめごとがトラウマになっている私は、唯々諾々とそれに従いました。

父の7回忌の翌年、異母弟の結婚式がありました。

それは東京からも地元からもとても遠い場所で行われたのですが、異母弟に罪はないので、十二分にお祝いを包み、日帰りの飛行機で参列しました。

結婚式でも手下のように扱われましたが、異母弟のためにこらえました。

この日も我慢できたのは、7回忌と異母弟の結婚を終えたら、過去のかわいそうな自分を憐れむのも、さらに我慢を重ねるのも止めようと決意していたから。

結婚式の後、最終の飛行機で東京に帰ったとき「これで全て終わり、これからは自分を大事にして生きる」と心に誓いました。

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健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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コメント一覧

想像通り娘の告げ口で妻を叱るお父様ならそうすれば良かったのに。 100%ではないにしろ、家から逃げ出すために見繕われた男性が良い方で良かったですね。 居心地の悪い家に生活費をいれて住まわせてもらうよりさっさと見切りをつけて自立する道もあったのでは?
いくつでもどんな状況でも大切な家族が旅立つことは辛いですね。 仕事中に電話に気づかなかったりでられないことはあることですし仕方がないとも言えますね。もしも体調不良で連絡したならご自身で消防に連絡することもできたかも。 今後親戚付き合いもなさらないつもりなら結婚式もお祝いだけおくって欠席で良かったのでは?今後何があってもでてこない姉なんてどうなってんだ、と婚家では不審がられてしまうかも。
私は…逆で。継母です…継子たちと、その父親である夫にイジメられ続けて6年になります…警察/児相も介入済みですが…
暴力と浮気三昧のお父さんが家庭を捨てて一緒になった後妻より娘を優先するとは思えないけど。泣きついたら居場所がなくなると思って言えなかったのでは。 弟さんに罪はないとかわいがってあげた投稿者さんは凄いと思うけど嫌な思いをすると分かっていてわざわざ結婚式に参加する必要はなかったと思う。これから疎遠になってはお嫁さんや親族は不思議でしょうね。

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