<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウィンター
性別:女
年齢:51
プロフィール:千葉県で暮らす専業主婦です。
数年前のことです。兄が仕事先で倒れ病院に運ばれましたが、そのまま帰らぬ人となりました。心筋梗塞でした。
兄は当時50代半ば、家族は妻と成人した娘2人がおり、私たち兄妹の両親と同居し2世帯で暮らしていました。既に嫁いで実家を出ていた兄の長女は第一子を妊娠中、同居の次女は数カ月後に結婚予定という、兄にとっておめでた続きの年になるはずの突然死でした。
健啖家で酒豪だった兄の突然の他界に呆然としながらも、家族は現実を受け止め日々の生活を続けなければなりません。80代の父母は心労からも当然テキパキ動けるはずもなく、義姉と姪たちが中心となって様々な手続きを進めました。
個人で小さな会社を経営していた兄は、仕事をほとんど1人でこなしており、その顧客や出入金、スケジュールなどは兄の他には誰も知りません。義姉も兄の仕事にはノータッチで、家族で営業先や今後のスケジュールを調べて対応しましたが、PCは開かず銀行口座は凍結され、作業には骨が折れました。
両親も兄の家族も、葬儀の打ち合わせや病院とのやり取り(一旦意識を取り戻した後に心停止したため、医療過誤はなかったのか)など、気の重い話し合い続きで食欲もなく、渦中から一歩引いた私と従妹が差し入れを持って日参したものです。
辛い葬儀を終え、新盆、一周忌を過ぎても、両親は兄の不在に慣れないようでした。今でも毎日、亡き息子の遺影に陰膳を供える母の姿を見ると、私にはかける言葉さえ見つかりません。
もちろん私も、たった一人の血を分けた兄弟を亡くし悲しくまた淋しく思います。しかしそんな感情以外に、困惑も感じるのです。
父母が老いたら面倒は自分達が見るからと、義姉と結婚した兄は父母の建てた築20年に満たない家を壊して2世帯住宅を建てました。両親は昔人間ですから家は長男が継ぐものと了承したので私の出る幕はなく、ほどなく私は嫁いで実家を出ました。
しかし、父母が年老いて介護が必要になる前に、自分が先に逝ってしまうとは、なんて親不孝で無責任なのかと、理不尽な怒りのような感情が湧いてきます。そして、そんな風に純粋に兄の死を悼めない自分は冷酷なのかと自己嫌悪に陥ったりもします。
両親と義姉との折り合いが良ければまだしも、当然そんな奇跡は起こらず、兄が間に入って双方の調整役となり同居を続けてきたようでした。義姉には私たちの両親の世話をする法律的な義務はなく、いつでも家を出て行けます。それは仕方のないことかも知れません。しかし今後、実家を離れた私が全部背負うのも難しいことです。
自分の親ですから、困ったことがあれば助けるのは当然です。私もできる限りの親孝行はしたいと思っていますし、またしてきたつもりではあります。しかし私にも家族があり、義父母も同じく年老いてきています。そんな中、実家の父の歩行も困難になりつつあり、母の愚痴と今後本当にどうしたものかとの悩みで頭の痛い毎日です。
親類がみな長寿なせいで油断したのか、兄は健康診断には長いこと行っておらず、自覚症状のないままに内臓に負担がかかっていたようでした。過労も一因だったようです。
しかし、自己管理をしていれば防げた死だったと思います。
こんな突然の死で家族を悲しませ困らせないためにも、50を過ぎたら定期的に健康診断で体調をチェックし、摂生を心がけることが大切だと痛感しています。
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