41年たった今も重くのしかかる兄の自殺。残された家族の精神的ダメージ

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ペンネーム:あすか
性別:64
年齢:女
プロフィール:夫と2人で暮らししています。今から41年前に兄が自ら命を絶ち、悲しみと苦しみを背負いながら過ごしてきました。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

私が23歳のとき、2歳年上の兄を亡くしました。「自ら命を絶つ」という、悲しすぎるできごとでした。あまりにも唐突で、現実を受け止めることができません。「どうして?」と疑問しか浮かびませんでした。

発見時、兄は意識はありませんでしたが心音は確認することができました。救急搬送され治療を受けましたが、残念ながら意識は戻りません。およそ1年以上も植物人間になりました。

当時40代だった私の両親と毎日のように兄が入院する病院へ通い、看病しました。もしかしたら兄の意識が戻るかもしれない。そう期待しながら兄の顔を何度も見に行ったのです。

しかし悲しいことに私たちの願いは届くことはありませんでした。兄はベッドで眠ったままこの世を去っていきました。兄が自ら命を絶った理由は分からないままです。

悲しみより、どうしてこんなことになったのか......と悔しさでいっぱいでした。それでも、残された家族は、兄の死を一生背負って生きていかなければなりません。

兄の死から数カ月が経過したころでした。さらに悲劇が訪れました。母がストレスと疲労で倒れてしまったのです。重度の胃潰瘍を発症し、胃を全摘する大手術を受けました。憔悴しきった母を私は見ていられませんでした。病気になってしまうほど追い詰められていたのです。ベッドで点滴をうっている母の顔を見て、涙がとまりませんでした。

そして悲劇は続きます。次は父の精神状態に異変を感じるようになったのです。気分の浮き沈みが激しいなど不安定だったので、病院を受診したところ「うつ病」だと判明しました。私は父と車で1時間かかる精神科の病院へ通い、治療を続けました。

こうして兄の死は私たちに計り知れない精神的ダメージをもたらしたのです。

私自身も本当につらかったです。何度も心が折れそうになりましたが、ここで私が倒れてしまってはどうにもなりません。両親を支えるのは私しかいない!と気持ちを奮い立たせ、苦しい状況を乗り切りました。
本当なら青春真っただ中の20代です。その期間、私は、兄の死と向きあいながら、両親の看護に追われる壮絶な日々を過ごしました。

 

あれから41年の月日が経過したころ、兄は病気で亡くなったと伝えていた娘(38歳)に本当の理由を伝える機会が突然やってきました。

病気で亡くなったのではないと、真実を告白すると娘は言葉を失っています。今でも鮮明に焼き付いている兄の死。思い出したくないできごとですが、当時の状況やつらかったことを娘に初めて伝えました。

娘は真剣に私の話に耳を傾けてくれ、涙を流しています。その姿を見て今まで抱えてきた苦労や悲しみ、いろいろな思いがあふれ、糸が切れたように涙がとまらなくなりました。

何年が経過しようと兄の死には疑問が残ります。想像できるのは家族にさえ言えない何かに行き詰まったということ。誰にも相談できず、最終的に死を選んだのかもしれません。

生きていくことさえ嫌になってしまう......一見他人事のようですが、いつ自分がそのような状況に陥るか分からないと思います。

人はひとりで悩み苦しんでいる時、誰かの助けが必要なのだと感じています。これからの人生、もし大きな壁に直面したときは決してひとりで悩まないということ。まわりと助け合う気持ちを忘れずに過ごしていきたいです。

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