「死ぬほど迷惑をかけた人はいないよ」秋田県の自殺を半減させた男の絶望者を笑顔にさせる言葉とは?

「死ぬほど迷惑をかけた人はいないよ」秋田県の自殺を半減させた男の絶望者を笑顔にさせる言葉とは? syoei.jpg

読者は「秋田モデル」という言葉をご存じだろうか。秋田県はかつて自殺率1位の不名誉な状態にあった。危機感を抱いた秋田県は2000年から対策を始める。その結果、「民」「学」「官」ががっちりと連携し、秋田県の自殺者は激減した。2002年の秋田県の自殺者は537人だったのに対し、2016年には263人と半減したのだ。秋田モデルは自殺者を減らした成功例として知られており、日本の自殺対策を語る上で欠かせない。そしてその中核に佐藤久男さんがいた。

佐藤久男さんは秋田県の自殺率が1位だった2002年、NPO法人「蜘蛛の糸」を設立した。主に経営者を対象にし、面談を通じて自殺者を防ぐ活動を続けている。佐藤さんとの面談を通じて自殺を思いとどまった人々は多い。2002年の自営業者の自殺者は89人いた。しかし2016年には20人にまで減少。なぜ佐藤さんは自殺を思いとどまらせることができるのか。それは佐藤さん自身が人生のどん底を見たからだ。その模様を『命のまもりびと 秋田の自殺を半減させた男』(中村智志/新潮社)よりご紹介したい。

 

■潰れた会社の経営者には人間失格の烙印が押される

佐藤さんは1943年に秋田県北部の奥羽山脈のふもとで生まれた。生家は幅広く事業を営んでいたが、父が亡くなってからは生活が苦しくなった。この父の死は佐藤さんに大きな影響を与える。「いつか事業を興して父を超えたい」。高校を卒業して秋田県職員となったが、25歳で退職。不動産鑑定事務所の専務に転身し、34歳で独立して不動産会社の社長になった。見事年商15億円の企業に育ち、父を超える人生の成功を見たと思った矢先、バブルが弾け、2000年に倒産してしまった。

しかし本当に大変なのはここからだった。会社には債権者が押しかけてくる。「金を振り込め」という電話は鳴りやまない。請求書のファックスは終わらないし、裁判所からの書類には「破産者」「民事」といった文字がちらつく。なにより経営者には経営者にしか分からないプライドがある。佐藤さんは試食が好きだ。倒産した後のあるとき、佐藤さんは試食を楽しんでいた。しかしそれをかつての社長仲間に見られてしまう。「飯が食えないのか?」というような目線に佐藤さんは屈辱感を覚えた。佐藤さんはこう言う。「潰れた会社の経営者には人間失格の烙印が押される」。銀行の支店長は会ってくれなくなるし、社長仲間からの目線は冷ややかになる。飲み屋のママも友人もよそよそしい。周りのみんなが白い目で見るから、普通は心がぽきりと折れてしまう。自分は絶対にしないと思っていた自殺。しかしあるとき、発症してしまったうつ病によって、自殺している己の幻影を見てしまう。

 

■運命とけんかしねえんだ

だが、佐藤さんは立ち直った。背景には佐藤さんが学んだ良寛の言葉があった。

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候。是はこれ、災難をのがるる妙法にて候

うつ病になった運命を受け入れ、運命に身をゆだねて価値観を切り替えたのだ。2001年の元旦、佐藤さんが30代前半から書き続けている日記にこう決意した。「軽蔑されたら、その通りですと言おう」「冷たくされたら、自分から声をかけよう」「馬鹿にされたら、感謝しよう」。同じ状況に出くわしても、心の持ち方ひとつで受け止め方が違ってくる。見栄と意地を捨てて、馬鹿にされてもタユタウと生きていく決心をしたのだ。

別の日にはこう書かれていた。

過去の思い出が急に顔を出して切なくなる時がある。

1.急に来る→生きている証拠。日薬(時間の経過)を塗っておくと来年の今頃は楽しい自分になっている。
2.弱気になった時→静かに、少しずつ前向きに生きていると解消する。
3.不安になった時→あなたが考えている未来への不安は99%まで当たらない(和尚の言葉)

「運命とけんかしねえんだ。運命は、みんな自分が招いたものなんだよね。自分に合わない運命はなく、原因のほとんどは自分の内側にある。その極限が良寛の言葉。坂道を下っていくときにはよ、自分がそういう状態だと受け入れて、人間の生命力だとか能力だとかを信じて、そのまま下がっていけばいいの。人間は、生きていればいつかはマインドが上がるから。人間は動物だから、本来は生存本能のかたまりだべ」

そう語る佐藤さんの説得力には得も言われぬものがある。

 

■死ぬほど迷惑をかけた人はいないよ

やがて佐藤さんは「戦後の経済を支え、地域に貢献してきたはずの中小企業の経営者の自殺を防ぎたい」と考えるようになる。経営者仲間の自殺がその思いを後押しした。そうして設立したのがNPO法人「蜘蛛の糸」だった。

佐藤さんは面談中、相手の話をじっと聞く。もちろん問題点を指摘したり、助言をしたりするが、まずは相手の話を聞く。相談者は解決策を求めているが、なにより「話を聞いてほしい」という思いが強い。佐藤さんはそんな相談者の思いをくみ、2時間でも3時間でも話を聞くのだ。相談者の中には救いようのない話もある。「やくざとケンカしてから十数年も脅され、うつになって会社が倒産した。これからどうなるのか」。そんな男性に佐藤さんは「無一文になります......それから私のようになります」と答えた。佐藤さんは相談者と「ゆっくり」「きっちり」「じっくり」向き合う。どれだけ相手が早口でたたみかけようが、ペースを合わせずのんびりと構える。笑いも欠かさない。まるで新緑を揺らし、遠くから水音が聞こえる初夏のブナ林のように、相談者の絶望にそよ風を吹かせる。

自殺対策は総合人間学だべ。人間がこの世からいなくなろうかと悩んでいるときによ、どこまできちんと受け止められるか。人間とどう向き合えるか。ましてや我々はボランティアでしょう。謙虚にならないとできねえ。

どん底を見た佐藤さんだからこそ、相談者に寄り添える。どん底を見たからこそ、その言葉が胸に響き、勇気が湧いてくる。「死ぬほど迷惑をかけた人はいないよ」。佐藤さんの優しい笑顔に救われる相談者は後を絶たない。

 

文=いのうえゆきひろ

 

「死ぬほど迷惑をかけた人はいないよ」秋田県の自殺を半減させた男の絶望者を笑顔にさせる言葉とは? syoei.jpg

命のまもりびと: 秋田の自殺を半減させた男 (新潮文庫)

(中村 智志 / 新潮社)

心血注いだ会社の倒産と深刻なうつ病を乗り越えた佐藤久男はNPO法人を立ち上げた。自殺率ワーストの地で、民・学・官の連携により自殺者数を半減させた活動は秋田モデルと呼ばれ全国に影響を与える。

 
この記事は『ダ・ヴィンチニュース』からの転載です。
PAGE TOP