<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ガラパゴス
性別:男性
年齢:60
プロフィール:健康には気をつかって運動は大好き。新しいものが好きで何かやりたいことがあれば実践してみたくなるシニアフリーターです。
結婚は、当事者同士の相性が一番大事であることは言うまでもありません。
ただ、現在の法律では、結婚すると氏を1つにする必要があり、我が家の場合は妻が夫である私の氏を名乗ることになりました。
しかし、これは義母にとってかなりの抵抗感があったようです。
結婚してから30年、その抵抗はいまだ続いています。
妻と結婚した当時、結婚自体を反対されることは誰からもありませんでした。
ただ、その当時から妻が関西から東京に嫁ぐことに義母の気持ちはどうなのか、と心配する声が妻の親族等から私の耳に入ってきました。
その心配はすぐに現実となり、我が家に悪影響を及ぼしたのです。
義母は私のことを影で『泥棒』呼ばわりしていました。
「早くうちに帰っておいでよ」
「あいつの家はおかしな家庭だ。嫁の扱いがひどい」
などと妻に言っていたようです。
そして、ついには私と顔を合わせることさえ避け始めました。
妻はそれに対して強く反発することはなく、逆に少なくない私への不満を義母に愚痴っていたようです。
当然、私は妻の実家に寄りつかなくなりました。
それはいまでも同じです。
一方、妻の様子はというと、子ども2人を授かり円満な家庭を築いているため、夫婦が崩壊するようなことはありませんでした。
しかしながら、結婚から30年過ぎたいまとなっても、電話口で妻と義母が話す私やうちの家系に対する罵詈雑言を耳にするのは辛いです。
「今度いつ帰ってくるの」
「関西でもいい男はまだ見つかるから」
「東京の墓に入りたくない」
「もう子どもは成人しているのだから大丈夫」
などなど、私への悪口は尽きません。
さて、60歳を過ぎたとはいえ人生100年時代、まだまだ先は長いです。
離婚の理由が義母の性格というのもなんですし、妻も離婚したいとまでは思っていないように見えます。
そこで私は、完全に義母の存在を無視することにしました。
幸い、東京と関西では簡単に行き来する距離ではないですし、子どもたちがおばあちゃんに会いたいという時期は過ぎました。
あとは、電話口での妻と義母の会話をどう自分から遠ざけるかです。
単純なことで、電話があれば家を出ることにしました。
もっと悪口が弾むようになるかもしれませんが、私としては構いません。
これまで自分なりに30年間我慢してきたのだから、行動に移しても良いと思っています。
万が一、離婚なんて話に進んでも覚悟はできています。
人は自分の育った環境から受ける影響は大きいですし、親子の関係、特に母と娘の関係は特別に強いものに思えます。
そこを変えようとする努力や抵抗は誰も幸せになれないと思えます。
だから、自分本位の生き方を家族にぶつけても、決して悪いとは思わなくなりました。
なんせ人生100年時代、先はまだまだ長いのですから。
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