長らく鬱で苦しみ、7年前にはがんも...ボロボロの私を救ってくれた「母のらしくない言葉」

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:みけ
性別:女性
年齢:52
プロフィール:両親と同じ敷地内に住んでいる52歳の自営業。

長らく鬱で苦しみ、7年前にはがんも...ボロボロの私を救ってくれた「母のらしくない言葉」 29.jpg

私は職場で上司のいじめにあい、20代の中ごろに鬱を患いました。

当時は今ほど鬱に関する情報もなく、調べる術も持っておらず、どうしたらいいのか自分でも分かりませんでした。

通勤するのも苦痛になり、仕事中に勝手に涙が流れてきてしまう状態に。

やっと部署の上の人に話をして休職してみたものの、ひと月たっても回復の兆しも見えず退職を決めたのでした。

その後、退職の際に詳しく話を聞いてくれた人のアドバイスで、実家から近い大きな病院に行ってみました。

初診の日に担当してくれることになった医師から言われた言葉は今でも覚えています。

「抑鬱症の摂食障害ですね。今のままでは死んでしまいますよ」

淡々と話す医師の言葉が他人事のように聞こえて「そんなに簡単に人は死ぬのかな?」とボンヤリ考えたものでした。

続けて先生から「仕事をしてはいけない」など、生活に関しての禁止事項が挙げられました。

もう、仕事なんかしたくないと思っていた頃だったので、医師の指示を守るのは簡単だと感じていました。

実際に半年ほどは休養していられたのですが、やがて働かないことへの罪悪感と病気を受け入れられない気持ちから、反対を押し切って働き出してしまったのです。

通院をしながらとはいえ、そんな生活を続けてしまったせいか、一時期は改善されていた症状が15年ほど前から重くなってしまいました。

当時は家業を手伝っていたので、体調に合わせて過ごせていました。

しかし、7年前にがんが発見。

さらに翌年には災害に見舞われて、短期間ですが避難所生活を送ったことが思いのほかストレスになってしまったのでしょう。

症状はあっという間に悪化してしまったのです。

本を読もうにも集中できずに同じページを何度もなぞってしまいます。

動いていないとソワソワしてしまうくせに、動くのはしんどくて辛い。

初めての症状で不安も募り、定期診察の時に相談しました。

案の定、医師から入院を勧められましたが「精神的なことで入院する」ことにいまだに抵抗を感じていた私は決断ができません。

数日間、悶々としていたのですが、そのとき、母が言いました。

「もう、いいでしょう。今まであれこれとあらがって頑張って来たでしょ。あと残っているのは休むことだけなんじゃない? 休んでいいんだよ。気分転換だと思って行ってくれば?」

普段の母らしくない言葉に、正直驚きました。

私と正反対の性格の母は、弱い面を見せるのも弱音を吐くのも嫌いで、いつも「前に向く」ことを私に求めてきました。

でも、後ろ向きな私が大人になってから素直に変われるわけもなく、苦しんできたのです。

そんなこんなで、ずっと病気のことではぶつかることが多くて、理解してもらえていないと感じていたのですが、その言葉で救われた気持ちになり、ようやく入院を決めたのでした。

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