<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ころちゃん
性別:男
年齢:54
プロフィール:老後に向け体を鍛えたいと思い、遅まきながら筋トレに励む毎日です。
現在54歳の私が40過ぎだった頃、友人とバッティングセンターに行きました。
そのときの私は入院生活を終えたばかり。
バッティングセンターに入ったのは、弱った体の状態を確かめたかったからです。
私は元野球部ですが弱小校出身で、現役時代でもせいぜい時速120kmくらいの速さのボールにしか対応したことはありませんでした。
大幅な体力の低下は覚悟していましたが、時速120kmのゲージを選んだのは、時速100kmにかすりもしなかったらショックだったからです。
それでもポコポコとバットに当たったため、ほっと胸を撫で下ろしていました。
そのとき、通路から何やら自慢げな男の大声が聞こえたのでちらりと見ると、30歳前後と思わしき派手なカップルが歩いて来るところでした。
場違いな2人でしたが、大型商業施設の一角だったため、移動で通っただけかもしれません。
男性の方は意識高い系というのでしょうか、話題を上げてはそれにからめた自慢話をしている様子。
市販の紅茶などまずくて飲めたものではないから、外国から取り寄せている、など「それってすごいのだろうか」という内容を声高に話していました。
聞き耳を立てていたわけではなく、声が大きいので勝手に聞こえてくるのです。
集中力がそがれたな...なんて思っているとき、カップルの女性の声が聞こえました。
「速いの打っててすごいね」
状況から私のことを話しているようで、私は少し気を取り直しました。
しかし彼女の一言が男に火をつけたようです。
男は、これくらい誰でもできる、大したことではない、という内容を独自の理論で彼女に話していました。
やがて終了となった私がゲージを出ると、例の男が私の後のゲージに入ったのです。
友人が褒めてくれる言葉を聞きながら、私たちは少し離れたところで男の様子を見ていました。
嫌な感じの男ですが、元野球部として時速120kmの球をガンガン打つところを眼前で見たかったのです。
1球目!
男性のあまりに無残な空振りで、彼が野球などしたことがないのが分かりました。
ボールが通り過ぎてから慌ててバットを出すのですが、ぎこちなくて空振りとさえ表現し難いのです。
2球目、男性は真剣にボールに向かいましたがどうにもなりません。
彼は全て悟ったようです。
涼しい顔で平静を装い、なんと女に向かい「やってみる?」とバットを差し出したのです。
彼女の返事は「はあ?」。
当然ですよね。
男性は再びボールに向かいましたが、全く歯が立ちません。
プロは時速150kmの速球を打ち返していますが、一般人なら時速150kmはおろか時速100kmでさえとんでもなく速く感じるものです。
恐らく、初めてバッターボックスに立ったであろう彼は、時速120kmのボールを目で追うのがやっとといったところでしょう。
未経験ならそれが当たり前だし、一生懸命チャレンジして打てないのなら、むしろ笑い話ですませることもできたでしょう。
しかし意識高い系の彼には自分を受け入れる度量がないようでした。
どうあがいても打てないと判断した彼は、何を思ったのかダンスを始めたのです。
バットをバトンのように振り、ボールには見向きもせずおかしな踊りをしています。
「ちょっと! ちゃんとやりなさいよ!」
彼女は怪訝な顔で言いました。
周りの客も眉をしかめてチラ見しています。
ゲージを一つ占領してあんなことをすれば、ひんしゅくを買っても仕方がありません。
「恥ずかしい! やめて!」
女性が注意しますが、彼はやめませんでした。
空しくボールがネットに突き刺さり続ける数分が、彼にとっては永遠とも思えたでしょう。
「何やってんのよ!」
苦痛の時間が過ぎ去り男性がゲージを出ると、女性は呆れ顔で去っていきました。
男性の方は先程までの威勢はどこへやら、ぶつぶつと言い訳らしき言葉を口にしながらすごすご女性の後をついていきました。
友人は私を肘で突きました。
「お前のせいだな」
「何で?」
「弱っちいのが打ってるから勘違いしたんだろ」
「悪いことしたな」
私たちは抑えていた笑いを噴出させました。
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