日々の忙しさやお金の使い道に追われ、「自分の時間の過ごし方や、お金の使い方で本当に幸せになれているだろうか」とふと立ち止まることはありませんか。実業家であり長年多くの相談を受けてきた井内由佳さんは、著書『「お金」の神さまと「時間」の神さま その使い方を知っている人だけが、120%のしあわせを手に入れる!』(KADOKAWA)で、人生の満足感を高めるための「時間とお金との向き合い方」を伝えています。今回はこの本の中から、限られた時間や資産に振り回されず、心豊かな毎日を過ごすための考え方や具体的な使い方についてご紹介します。
※本記事は井内由佳 (著) による書籍『「お金」の神さまと「時間」の神さま その使い方を知っている人だけが、120%のしあわせを手に入れる!』から一部抜粋・編集しました。
「お金はそこそこあればいい」と思っているといまある分さえ取り上げられます
「お金はそこそこあればいい」
「自分たち家族が食べていけるだけで十分」
一見、楚々として謙虚で美しい印象を受けますよね。
これは「人に何かをしてあげたいという気持ちや愛が薄い人の考え方」だと神さまはおっしゃいます。
人をよろこばせたい。
人の役に立ちたい。
何かをしてあげたい。
そうこころから思って実践しようとした時、「もっとお金があれば、もっといろいろなことで役に立てるのに」とお金の必要性に気づくからです。
神さまがおっしゃるには、「欲張り」はダメだけど、「欲深」にはなってもよいのだそうです。
じつはこの2つの単語の意味は似ているようで、まったく違います。「欲張り」は自分の利益を優先して人より多くもらおうとするので、「欲張りは必ずケチ」で、これらはセットです。
一方、「欲深」な人は、自分がしあわせになることに対し、真面目です。
時々、自分がしあわせになることに罪悪感を持つ人をお見かけします。
ですが、わたしたちは本来、しあわせになるために生まれてきます。自分のしあわせを追求することは何より大事なことなのです。
あなたのまわりに、いつもしあわせを引き寄せている人はいませんか?
その人をよく観察してみてください。自分のしあわせに欲深いだけではなく、知っている良い情報をまわりの人に共有したがる人ではないでしょうか?
本来人間は愛の生き物で、人に分け与えることによろこびを感じます。
そして人を助けたい、よろこばせたいという気持ちが強くあり、それを叶えた時にもっともしあわせを感じるのだそうです。
ですが、人間は持っていないものを人に与えることはできません。
そのための手段の一つがお金なので、「これぐらいでいい」などと妥協せず、さらに上を目指そうと「欲深」になってよいのです。
では、「もっとお金がほしい」という思いは「欲張り」、それとも「欲深」なのでしょうか?
それは使う目的で変わります。
自分を満たすためだけにお金がほしいのならば「欲張り」ですが、自分だけではなく、まわりの人たちやさらにその向こう側の人まで満たしたいという思いで「まだまだ足りない」と思うのなら、それは「欲深」です。
わかりやすい例で言えば、人においしいものを「ごちそうしたい」と思う人はたいてい「欲深」ですし、逆に人に「ごちそうしてもらいたい」と思う人は「欲張り」です。
あなたは「欲深」ですか? それとも「欲張り」でしょうか?
【今日のアクション】今日からあなたも「欲深」に。まずは大切な人にディナーをごちそうしてみてはいかが?

