65歳で旅立ったお義母さんへ...。尊敬していた義母の葬儀を終え、私が伝えたい思いと決意<後編>
「14年前に急逝した義母は、看護師として患者や同僚に慕われ、私たち家族にも惜しみなく愛を与えてくれました。尊敬していた義母に、私は恩返しができたのでしょうか。今でも悔やむ気持ちがあふれてきます。そして、私があらためて決意したこととは...」
孫である娘にとっても義母の存在は大きくて
義母は精神科の病院に勤めていたのですが「心に傷を負った患者さんたちに優しく、ときに厳しく接していた」と病院の方々に聞きました。
外科や内科の病院なら、けがや病気が治れば退院できますが、精神科では一生治らない病気、歳とともに進行してしまう病気などがあり、入院は長期間にわたることが多いそうです。
義母はそのような病気を抱えた患者さんの病状を把握して、それぞれに合った看護の方法を日ごろから研究して、実践していたようです。
それには医師や他の病院スタッフとの緊密な連携が必要になるそうですが、義母は忙しい仕事の合間を縫って、同僚とのコミュニケーションを心がけていたのだと思います。
そうした義母の努力のおかげか、患者さんたちは退院する際「○○さん(義母のこと)に会えなくなるのは寂しい」と言っていたそうです。
また、職場では若い看護師たちの良き相談相手となって慕われていたのだとか。
退職のときは、長年勤めていたこともあり、惜しまれて職場を離れたそうです。
65歳という年齢で逝った義母に、早過ぎたと、弔問客の皆さんが悲しんでくれました。
葬儀をなんとか乗り切れたことで緊張の糸が切れた私は、義母へ親孝行ができなかった、と悔やむ思いばかりがあふれてきました。
弔問客が多く慕われていた義母。
孫である娘から見た義母は、ひたすら優しい存在だったようです。
小学校で書いた作文でも、私たちよりも義母が中心になっていて、義母に教えてもらったことや、助けてもらったことに感謝の言葉を添えて書いていました。
それだけ大きな存在だった義母を失った衝撃は大きく、娘はしばらくの間は元気をなくした様子でした。
私もたくさんの愛情をもらいましたが、私はそれを義母に返せていたでしょうか。
義母ほど立派には務められそうもありませんが、家長として娘からも頼りにされる存在になれるよう、心がけています。
※健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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