【風、薫る】『虎に翼』寅子(伊藤沙莉)と重なるりん(見上愛)の姿。第16週、りんと直美の前に吹く「新風」
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「自分の力で生きようとする女たち」について。あなたはどのように観ましたか?
田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第16週「新風吹くころ」は、りん(見上愛)が新潟へ、直美(上坂樹里)が東京へと離れ、それぞれの「家族」が動く一週だ。家族とは血でつながるものか、それとも選び、支え合うものか。その問いが、二人の道に振り分けられていく。
りんを送り出すのは、血によらない家族の形だ。看護を手放すことになったりんに、直美は黙って、捨松(多部未華子)に次の働き口を相談していた。行き先は新潟。環(英茉)と離れるのをためらうりんに、直美は、環を女学校へ通わせるお金は自分が出すから、りんは東京で仕事を探せばいいと持ちかける。頼めない、と返すりんに、「私が家族じゃないから?」と問い返す。りん自身も、患者・山本(本田大輔)の思いに寄り添うあまり、一人で彼を病院から連れ出し、あの一件を招いていた。私にまで「いい子」ぶらないで、一緒に困らせてよ、と直美。りんも「私にまで悪ぶらないでよ!」と返す。「でれすけ!」と罵り合う二人は、もう立派な家族だ。
そして直美は、自分が環の二人目のお母さんになる、責任を持って育てると宣言する。おかしい、普通じゃない、とためらうりんに、母・美津(水野美紀)は、りんが再婚せず看護婦になると言い出したときも普通じゃないと思った、でもあなたは世間の当たり前の道を歩いてこなかったろう、と返す。りんが環に、自分の夢は環が好きな夢を持てるよう元気で働くことだと打ち明けると、娘の答えが胸を打つ。「寂しいけど、いいよ。寂しいと悲しいは違うでしょ」。母が夢をかなえるのは嬉しい、元気がないのは悲しい、と背を押す。見送る今井教授(古川雄大)も、看護を続けられないりんが自ら身を引く判断を医療者として正しいとしつつ、「だが、共に働いてきた者としては寂しいものだな」と口にする。
りんの新潟行きを知ったシマケン(佐野晶哉)は「僕はおじさんになる」と言い出す。環が困ったときに頼れる、何者でもないおじさんに。それはチュウ(若林時英)も同じだという。親一人が抱え込むのではなく、友人も地域も、みなで一人の子どもを育てる。これを発達行動学は「アロマザリング」と呼び、早稲田大学の根ヶ山光一教授らは、ヒトが進化の過程で血縁も非血縁も含む集団で協力して子を育ててきたことを指摘する。母親ひとりが背負う核家族のほうが、歴史の新しい形なのだ。本作が「新しい風」として描くこの営みは、じつは人類の古い形でもある。それが失われた先に、2024年の合計特殊出生率1.15、出生数の初の70万人割れがある(厚生労働省・人口動態統計)。手厚い対策を重ねても数字が反転しないのは、育てる親を孤立させたままだからではないか。りんを囲む二人目のお母さんやおじさんは、明治から令和へ持ち越された宿題への、一つの答えでもある。
そのりんが降り立つ新潟は、東京よりも「家」の重みが強く残る土地だ。新潟で出会う人々の描き分けが、さっそく鮮やかだ。上越の女学校で舎監となったりんに向けられる視線は、あたたかいばかりではない。町一帯を仕切る大地主・羽田家のテツ(横澤夏子)は、りんの洋髪を訝しげに眺め、お国言葉で嫌味を放つ。あめ屋の列に割り込む羽田(西堀亮)を諫めれば、何が問題かと気色ばまれるが、そこへ、信念のまま突き進む新聞記者・横沢(井上祐貴)が加勢する。一方、女学校の少女たちは東京から来たりんに興味津々で、裁縫や英語を教わるうち打ち解けていく。
その新潟で、女が「家」に縛られる現実を最も重く背負うのがサワ(磯山さやか)だ。久(近藤華)の母で造り酒屋の嫁でありながら、家を飛び出してきたサワの姿は、女が「家」から出られなかった時代を映す。娘を女学校へ通わせる新しい風と、女を押しとどめる旧い力が、ここでせめぎ合う。「自分の力で生きることは諦めたくない」と前を向くりんと、家を離れたサワは、同じ問いを抱えている。女は、家の外で自分の足で立てるのか。
この新潟行きは、史実に基づいている。モチーフとなった大関和も、東京の病院を離れたのち、1890(明治23)年に新潟・高田(現在の上越市)の女学校へ舎監兼伝道師として赴任し、翌年には知命堂病院の初代看護婦長として看護婦や産婆の養成にあたった(ブリタニカ国際大百科事典、新潟日報)。
新潟へ送り出される働く母という構図は、2024年前期の朝ドラ『虎に翼』を思い起こさせる。あの作品でも、女性判事の寅子(伊藤沙莉)が見送られて三条の裁判所へ赴任し、初の女性支部長として、娘との二人暮らしを始めた。地元の描き方も響き合う。『虎に翼』の三条では、笑顔で迎えた顔役たちが「持ちつ持たれつ」と恩を売り、馴れ合いと癒着に寅子を取り込もうとした。その、地方に濃く残る人間関係の面倒くささは、『風、薫る』で羽田家がりんに向ける特権や排他とも同じ手ざわりだ。こうした新潟の見せ方に、思うところを抱く人もいるだろう。見えない癒着に「はて」と首をかしげる寅子と、割り込みを咎めて煙たがられるりん。娘を連れて赴いた判事と、娘を託して発った舎監。新潟へ渡り、土地の論理に流されず自分の力で生きようとする二人の働く母は、時代を越えてよく似ている。
一方の東京では、皮肉にも直美自身の「家族」に変化が生じる。友人の見舞いに通っていたはずの小川(甲斐翔真)は、いつしか彼女目当てになり、「二人目のお母さんだって、結婚はできますよね?」と踏み込む。環を育てると決めたばかりの直美に、思いがけず、自分の家庭を持つ道がちらつく。もう一人、直美が心を寄せるのが、瑞穂屋の店員・文(内田慈)だ。接客中に倒れ、お金がないからと医者を拒む文に、直美は、お金のせいで治療を受けられない人を見るのはもう嫌だと看護を買って出る。
長生きしたいとも、その必要があるとも思わない、生きてくれと願う家族もいない、と文は言う。「つつがなく暮らし、何も残さず、きれいさっぱり人生を終えること。それができたら御の字」。欲がないのかと問われ、人の運の量は決まっているのだからと返す文に、直美は、自分は美味しいものを食べたいし、いい暮らしもしたいと言う。その欲は、りんと出会い、家族と思える場所を得たからこそ芽生えたものだろう。看護に通ううち、口を開く。自分は女郎の子だった、子どもの頃は横浜にいた、捨てられていたのは山手あたりの教会だった、と。心の内をさらけ出す直美を、上坂樹里が硬軟自在に演じ分けていく。
そしてある朝、直美が文を訪ねると、枕元に一枚の布きれがあった。それは、直美が捨てられたとき、ただ一つ身に着けていたお守りと同じ柄だった。血によらない家族に囲まれて新潟へ発つりんと入れ替わるように、直美の前には血を分けた家族の影がよぎる。文は、直美の母なのか。家族とは血か、選び支え合うものか。その問いを新潟と東京の二人が抱えたまま、物語は次の週へ動いていく。
文/田幸和歌子
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。


