でも、すぐさま理屈っぽい性格がむくむくと頭をもたげて、こんなふうにたしなめてきます。「あなたの語る老いなんて、しょせんは21世紀初頭のアメリカで、何不自由なく暮らしている白人女性の個人的な体験にすぎないでしょ? 老いについて発言するなんて、思い上がりも甚だしいのでは?」。老いというテーマは議論がまだ深まっていなくて、一筋縄ではいかず、扱いが厄介です。
わたしは自分が"つつがない環境"に生まれついた偶然を、身に染みて感じています。ミシシッピ州の貧しい女性として生を受けていたかもしれません。あの州の医療制度の水準は世界最悪の部類に入ります。歯がたった1本膿んだだけで命を落とす危険だってあります。というのも、歯科医がいない、いても治療費が払えない、払えたとしても通院のための足がないからです。そんな状況を想像できます?
(お金さえあれば、どれほど多くの問題が解決できることか)
あるいは、拷問や戦争、気候変動から逃れてきた難民になっていたかもしれませんし、医療費が払えないせいで道端に放り出され、物乞い生活を送るホームレスとなっていたかもしれません。バーニー・サンダース上院議員によれば、アメリカの高齢者の4人に1人が年収1万5000ドル以下で暮らしているそうです。それなのに「老いの素晴らしさ」を語るなんて、おこがましいでしょ?
でも、わたしは語っていきますよ。こんな年齢になれば、気兼ねする必要はないでしょ?

