『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』(アスコム)は、59歳の女性が抱く「老いへの不安」に、88歳の女性である著者が温かく答える手紙集です。目次には「老いるのがいやでたまらない」「母と娘の関係」など、大人の女性なら誰もが共感するリアルなテーマが並びます。年齢を重ねる葛藤や変化にユーモアを交えて率直に触れつつ、その先にある「人生を愉しむ自由」を優しく教えてくれます。今回はこの本の中から、これからの人生にワクワクした希望をくれるメッセージをご紹介します。
※本記事はソフィ・バーナム (著), 柴田 幸裕 (翻訳) による書籍『老いることの驚きと幸せ これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙』から一部抜粋・編集しました。
年を取るってどんな感じ?
9月8日
エレノア、お元気ですか。
陽の光が降り注ぐなか、パリの路地裏のあの可愛らしいカフェのテラス席にふたりで座っていたときに、あなたはふと、何か訴えかけるような目をわたしに向けましたね。「わたし、59歳なの」。あなたは怯えた表情で言いました。「あと数カ月で60になるの」。そこで気後れしたようにうつむくと、こう続けましたね。「どんな感じなのかな、そのお……」
そこで口をつぐんでしまったけれど、あなたが気をまわすあまり訊きそびれた質問の一言一句が、わたしには読み取れました。「年を取るって、どんな感じ」、でしょ?「わたし、怖いの」。そう言うあなたの声はひどく小さかったわね。
怖いのも無理はありません。誰だって怖くなるはずです。「老婆」とか「老女」なんて呼ばれる節目の年齢に足を踏み入れるのですから。老いが話題になる席でもっぱら耳にする言葉は"怖い"です。たとえば、しわだらけになるのが怖い、さまざまな喪失感を味わうのが怖い、自分という人間の存在感が薄れていきそうで怖い、馬鹿にされたり、用済みだと言われたり、見向きもされなくなりそうで怖い、身体の痛みがいつまでもとれず、お迎えの日がどんどん近づいてきているようで怖い、シェイクスピア劇のリア王みたいに荒れ狂う嵐に向かって泣き叫ぶようになるんじゃないかと怖い、とね。
恐怖をさらにあおっているのは、484億ドル規模の美容業界です。エアブラシで修整した18歳の肌が理想的だと、その宣伝のしつこさといったらありません。
誰だって怖くなるはずです。
わたしも60歳になったときに、ケイトおばさんにまったく同じ質問をした覚えがあります。
「60代って、どんな感じ?」
おばさんは電話越しなのに顎をくいっと上げた様子がはっきりとわかるような声で答えました。「あら、ソフィ、60代なんて、気づかないうちに過ぎるわよ。でも90にもなるとね……」。少し考え込むようにして、おばさんはぽつりと続けました。「動きが鈍くなりだすわね」
おばさんは103歳で亡くなりました。60歳どころか、その40年先まで生きたのです。
あの日、パリの街角に座るわたしはおばさんの言葉に倣ってあなたに言いました。
「あら、エレノア、60代なんて、気づかないうちに過ぎるわよ。わたし、68のときに馬を買ったの。80でやめるまでキツネ狩りも続けていたわ」(やめることにしたのはマサチューセッツへ引っ越したのが一番の理由です。それに、わたしの年で馬を飛ばして猟犬を追いかけ、落馬したらおおごとですから―いや、それは高齢でなくてもおおごとか)
「0」のつく年齢は毎回怖いものです。29歳になったとき、30歳になるのが怖くてたまりませんでした。すごく……なんていうか、年を取った気がしました。50歳の誕生日はやり過ごして、55歳になったところでようやく自分で50歳の誕生日祝いをささっと開いたくらいです。そのときも、呼んだのは本当に親しい友人だけでした。それくらい自分の年齢が恥ずかしかったんです。
それに怖かった。わたしたちのDNAの奥深くには、世間からつまはじきにされた女性が魔女として火あぶりの刑に処せられたり、水に突き落とされて溺れ死んだりした記憶が刻まれているのです(溺れなければ溺れなかったで、魔女の証しだと言われた挙げ句、あらためてもう一度息の根を止められたんですよ)。
あの9月のぽかぽか陽気の日、エスプレッソに口をつけながら思ったのです。85歳になっても人生はこれ以上ないほどおもしろいと。こんなに愉しくて、こんなに自由を満喫できた経験は今までありません。この年になったからこそ味わえる人生を逃さずに済んでよかったと、心底思います(まあ、わたしの友人の死神さんがどこか他所で忙しくしていてくれたおかげですけれど)。
マサチューセッツの自宅に戻って以来、「年を取るって、どんな感じ?」というあなたからの質問を思い返しています。85歳のわたしは年寄りです。周囲からも年寄りだと言われますし、実際、年寄り扱いされています。でも、自分では年寄りの気がしません。自分の感覚では55歳くらいなんです。
だからこそ、あなたからの質問にきちんと答えを出そうと思いました。

