2022年度の公的年金支給額が昨年に引き続きマイナス改定となりました。将来に向けて、不安を感じている人が多いのではないでしょうか。そこで今回は、オフィス・リベルタス代表で経済コラムニスト大江英樹(おおえ・ひでき)さんに「公的年金」についてお聞きしました。
公的年金についてのよくある疑問
公的年金は本当に赤字?
年金不安の大きな原因として、「年金財政は赤字である」と考えている人がいることが挙げられます。
しかし大江さんは、「我が国は巨額の財政赤字がある、というのは事実です。しかし、年金財政が赤字というのは正しくありません」と指摘。
2021年度の国の一般会計の歳入・歳出の差額を見ていくと、「純然たる赤字額は約20兆円になります」(大江さん)。
こう聞くと不安になりますが、大江さんは次のように続けます。
「実は公的年金はこの一般会計とは別の勘定の年金特別会計で、こちらには年金積立金と呼ばれるお金が約190兆円も残っています。日本の公的年金は安定しています」
公的年金の積立金は無駄遣いされている?
一時、年金に関する不祥事が目立った時期がありました。
「もちろん不祥事は問題ですが、無駄遣いされた金額を見ると公的年金制度に影響を及ぼすほどではありません。積立金も短期で取引する投機的な運用ではなく、長期的に見て堅実に運用されています」(大江さん)
少子高齢化によって破綻する?
現状の公的年金制度の説明として、多くの高齢者を少数の若者が支える絵を見たことがある人もいるかもしれません。
「60歳以上になっても働く人が増えているので、実は1人の非就業者を支える就業者の割合は、ほとんど変わっていません。この絵は正しくありません」と、大江さん。
2022年度の公的年金支給額が0.4%引き下げになり、前年の21年度も0.1%引き下げだったことで2年連続のマイナス改定となりました。
「この先、年金はどんどん減り続けるのでは?」と不安に思った人もいるかもしれません。
年金問題に詳しい大江英樹さんは、この2年連続のマイナス改定について「心配することはありません。実はこれは当たり前のことなのです。日本の公的年金制度は万全ではありませんが、健全です」と説明。
「公的年金は、基本的に物価や賃金と連動するようになっているからです」と続けます。
「公的年金の本質は、"貯蓄"ではなく"保険"。つまり、いつの時代になってもその時の物価に合わせて生活できる額が支給されるように設計されているので、絶対額の増減を議論してもあまり意味がありません。実際、いくら年金が増えてもそれ以上に物価や賃金が上がってしまえば、実質的には目減りになってしまいます」(大江さん)
公的年金は、手取り額である名目の賃金上昇率などに連動して、毎年増減しています。
「おととしは逆に0.2%上がっていますし、今年はさまざまな物価が上がっているので、このままいくと恐らく来年の支給額はプラスに転じるのではないでしょうか」と、大江さん。
では、なぜ私たちは公的年金について不安を抱いているのでしょうか?
大江さんによると、公的年金は上の疑問のように誤解されていることがあるそうです。
「間違った知識を得ていることで、不安に感じている人がいるのです」と、大江さん。
ただ、「それでも公的年金制度は万全ではありません。そのため、5年に1度、制度の見直しが行われています」と続けます。
前回見直しが行われたのは3年前。
その後20年5月に年金制度改正法が成立し、この4月から施行され順次、公的年金制度が改正されることが決まっています。
「今回の改正の目的は、65歳以上、70歳以上になっても多様な形で働き続ける人が増えたことで、その社会の変化に対応するためのものだと言えます」(大江さん)
それでは、今回の改正点はどのようなものなのでしょうか。
大江さんによると、大きく三つの改正点があるそうです。
「まず一つ目が厚生年金の適用拡大で、これがいちばん大きな改正点です。これまで企業に雇用されて働きながらも厚生年金の加入対象外だった人たちが、より多く厚生年金に加入できるようになりました」(大江さん)
そして二つ目が、在職中の公的年金受給の見直しです。
「この改正によって、60歳以降に働く場合は公的年金の受給に関してこれまでより有利になります」と、大江さん。
そして最後の三つ目が、公的年金の受け取り方の選択肢が増えることです。
「年金支給開始年齢は65歳です。しかし、受給側は60歳から70歳までの間なら、好きなときに受け取り始められるのが現状なのですが、それが60歳から75歳までに広がり、より柔軟になるのです」(大江さん)
具体的な改正点は、下の通りです。
これから公的年金を受給するという人は、自分の働き方に合わせて受け取り方を工夫できそうですね。
《公的年金制度の改正》
2022年10月から
●厚生年金の適用拡大
これまで働いている人の中で厚生年金への加入が義務付けられる条件として、「勤務期間が1年以上の見込み」「従業員500人超の企業等」というものがありました。
これらについて、今年10月から前者は撤廃、後者は「従業員100人超の企業等」に条件が緩和されます。
「現在、企業に雇用されて働きながらも、厚生年金に加入できていない人は1000万人以上います」。
しかし、「今回、厚生年金への新規加入者が約45万人増える見通しです」。
●在職中の公的年金受給の見直し
二つのポイントがあり、一つ目は65歳以降も働いた場合、下の図のようにこれまでは70歳になるまで公的年金支給額が改定されなかったのが、この10月からは1年ごとに支給額が改定されるようになります。
もう一つは、60〜64歳の人が働きながら公的年金を受け取る場合、給与と公的年金の基本月額の合計が28万円を超えた場合は公的年金支給が一部または全額停止でしたが「この基準額が47万円に増え、60歳以降も働きやすくなりました」。
2022年4月から
●公的年金の受け取り方が多様に
これまで公的年金の受給開始時期は60〜70歳の10年の間で、自分で好きな時期を選ぶことができたのですが、この4月からそれが60〜75歳へと範囲が広がります。
「公的年金の支給開始時期を後ろ倒しにしていくための下工作だ、という批判的な報道もありますが、それは間違いです。65歳から受給開始したときに比べて、75歳からの受給開始だと84%増額されます。それだけゆとりある生活を送れるのです」と、大江さん。
※厚生労働省資料よりオフィス・リベルタス作成
取材・文/仁井慎治 イラスト/やまだやすこ