毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「『何も起こらない』を描く難しさ」について。あなたはどのように観ましたか?
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※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第20週「アンタ、ガタ、ドコサ。」が放送された。今週は朝ドラのある種の王道「尺余り問題?」に突入。
トキ(髙石)とヘブン(トミー・バストウ)、司之介(岡部たかし)、フミ(池脇千鶴)の熊本での新生活が始まった。松野家には、共に熊本にきた丈(杉田雷麟)と正木(日高由起刀)が居候をし、そこに女中のクマ(夏目透羽)も加わり、大所帯に。
しかし、熊本での生活はいろいろな意味で「オモッテタノトチガウ」。
ヘブンは大好きな土地ながらも「フユ、サムイ、ジゴク」だった松江を離れたが、熊本もやはり「サムイ、ジゴク」。しかも、日本の古き良きものが失われ、西洋化が進んでいる熊本では、ヘブンの創作意欲が刺激されず、何も書けないスランプ状態に陥ってしまう。
一方、働き者のクマに家事の一切を取り上げられたトキとフミはやることがなく、暇を持て余す日々に。そんな中、何も起こらない物語の中で、無理矢理にでも事を起こそうとするのが、朝ドラ定番キャラのクズ父・司之介(岡部たかし)。ヘブンのおかげで借金を完済したのに、わざわざ借金して怪しい小豆相場に大金をつっこむ。第20週で再び借金問題が戻ってくるのか、そのくだりはもう良いよ......と思ったら、それがとんでもなく跳ね上がってしまい、お金が増えてしまう始末。
「小人閑居して不善をなす」を地でいく司之介。浅はかな謀は破綻、借金生活に戻るどころか豊かになり、「生きちょる気がせんのじゃ。借金させちょくれ。わしの尻に火をつけちよくれ」と嘆く。そもそも借金まみれの時代も、主に借金返済と家計を担っていたのはトキで、司之介自身は牛乳配達も遅刻が多いなど、適当な仕事ぶりで、尻に火が付いた状態には見えなかった。にもかかわらず、そうした日々を一番懐かしむのが、一番役に立っていなかった人間というのも、案外よくあること。
熊本生活では朝食がヘブンの希望によりトーストになるが、ある日、パンの焼き網がなくなる。そんな中、盗られたのではないかとクマが言い出し、さらに正木が犯人探しの探偵ごっこを始めたことで、松野家はギスギスした状態に。責任を感じたクマがやめると言い出すと、丈が、正木が、それぞれ懐中時計や財布がなくなったと言い出し、すぐに見つかったと報告。自分達の中には犯人はいなかったとみんながホッとし、笑い合う中、ヘブンはそれが丈と正木が事態を打開するためについた「いい嘘」と気づく。
そして、書くことが何もないと思っていた熊本でも、「ニホンジン、ココロ、アリマス」と気づき、再び執筆に没頭。気になる焼き網は、かつてフミが箸を落とした例の隙間で見つかったというオチだった。
正直、今週1週分まるごとなくなっても、物語上困ることはない。もともと「何も起こらない日々を描く」ことが本作の肝であり、脚本家・ふじきみつ彦の作風であり、大きな魅力ではある。だからこそ、作り手にとって今週は、多くの朝ドラが終盤に迎える「何も書くことがない」苦悩のターンというよりも、さまざまな縛りから解き放たれ、脚本家の持ち味をフルに生かして自由に遊べる待望の週だったのだろう。
しかし、これまでは「何も起こらない」ように見えた週にこそ重要な意味があった。例えばスキップばかりしていた9週は、異文化(スキップ)を知ることで、武士に拘泥し、武士の時代を終わらせた西洋を憎んできた勘右衛門がこれまでの常識から解放され、「スキップ師匠」と子ども達から呼ばれるまでになり、新たな恋に歩み始める展開が描かれた。ヘブンとトキのリズムが、スキップを介して重なり、共鳴し始め、それぞれの存在を意識し始める展開でもあった。
しかし、今週は「日本の古き良きものは、どこにもある。それは日本人の心だ」という、道徳的なベタなオチに帰結したのは、やや物足りない。
高く評価され、役者陣も制作陣も充実した思いで作品に向き合っている、うまくいっている現場・チームだからこその、内輪ウケ的な香りもある。作家を尊重し、作家の書きたいものを尊重するのは大切。しかし、制約を取っ払い、自由にしすぎると、「あれ?」という展開になりうることは、漫画でもドラマでもよくあることで、そのときに初めて編集者やプロデューサー、演出家の有能ぶりをしみじみ感じることもある。
なぜそう思ってしまうかというと、第1話冒頭シーンや、ヘブンとトキを結び付けた展開で見せたトキの怪談がたりが素晴らしかったから。そして、随時放送されている本作出演者達(佐野史郎、円井わん、濱正悟)による5分のミニ番組『ばけばけ 小泉八雲の怪談』が素晴らしいから。
作家の持ち味を生かしつつも、小泉八雲を描くのであれば、やっぱり怪談はもっともっとほしい。「カイダン、モットモット、ネガイマス!」をヘブンに代わって叫びたい20週だった。
文/田幸和歌子




