毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「アンパンマンに救われた人々」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】「アンパンマンによろしゅうな」万人ウケしない「弱いヒーロー」に命を吹き込んだ人物
※本記事にはネタバレが含まれています。

NHK連続テレビ小説『あんぱん』第25週「怪傑アンパンマン」では、絵本『あんぱんまん』が出版され、ミュージカル化が始動した。
第122回では、戦死した岩男の息子・和明(岩男との二役/濱尾ノリタカ)が登場。濱尾ノリタカの再登場により、『チリンの鈴』をベースにした戦争編の重い記憶が蘇る。岩男は戦地で現地の少年リンの両親を射殺しており、リンは父の形見の銃で岩男を撃った。しかし撃たれた岩男は最後までリンをかばい「リンはよくやった」と言い残して死んだ。
父の最期について知りたいと嵩(北村匠海)のもとを訪ねてきた和明。八木(妻夫木聡)は岩男が中国の少年・リンに射殺されたこと、リンをかばい彼を逃がすことを望んだことを伝える。また嵩は、岩男がリンにまだ見ぬ和明を重ねて息子のようにかわいがっていたことを伝えるが、和明はなぜ父はリンをかばい続けたのか、なぜ父は殺されなければならなかったのかと問う。それに対し、嵩の答えは「それが戦争なんだよ」。納得のいかない思いで去る和明を、のぶ(今田美桜)が追いかけ『あんぱんまん』の絵本を手渡した。
そんな中、まだ「知っている人は知っているけど、知らない人は知らない」状態のアンパンマンを世に広めるべく、多くの人が動いた「総力戦」が今週の見どころだった。
「怪傑アンパンマン」の連載をさせてくれた八木。自ら作った劇場で、怪傑アンパンマンをミュージカルにしようと企画、動き、音楽を担当したいせたくや(大森元貴)。アンパンマン役は浜野謙太が演じた。
ミュージカルの演出・出演者たちの顔合わせでは、不在だった嵩の代わりにのぶがこの作品の魅力について説明。しかし、開幕直前までチケットは売れず、蘭子(河合優実)もメイコ(原菜乃華)も羽多子(江口のりこ)もチラシ配りに奔走。八木は草吉(阿部サダヲ)のあんぱんを大口発注し、企業理念に合っているから先行投資なのだとツンデレな照れ隠し(?)で支援する。
ところが開幕すると、気づけば劇場は満席に。のぶが図書館や児童館で根気強く子ども達に読み聞かせを続けてきた成果が、ついに花開いた瞬間だった。
今週途中までは、ヨロヨロのアンパンマンを遠くまで飛ばすために力を貸してくれる人々の物語だと思っていた。ところが、このミュージカル実現を通して見えてきたのは、むしろアンパンマンの存在によって救われ、止まっていた時間が動き出した人達の姿だった。
まず、のぶは亡き夫がくれた「速記」の技術で記録・説明をし、舞台の写真を撮り、昔取った杵柄を活かして自分の持てる力を発揮する。また、のど自慢にずっと出たかったメイコはコーラスの当日欠席者の代役として舞台で歌うことができた。さらにNHKを定年退職して暇を持て余していた健太郎(高橋文哉)も、ミュージカルを手伝うことで元ディレクター+嵩と同じ美術学校出身の力を発揮できる。
そして草吉はアンパンマンを読んで「わかったよ、お前も戦争に行ったんだな」と嵩に伝え、戦地で飢えに苦しみ、倒れた兵士の乾パンを食べた自分を情けなく思っていたこと、あのときアンパンマンがいたら......と自身の戦争の記憶を語ることができた。同様に八木もまた、アンパンマンを通して戦争体験とようやく向き合えるようになった。
最終的に自分の息子と共にミュージカルを観た和明も、リンをかばった父の思いを少し理解し、息子との新たな時間を始めることができた。そして嵩が明かしたアンパンマンのモデル、幼い頃に亡くなった弟・千尋の存在も、アンパンマンとして新たな命を得て羽ばたいていく。
こうした人々の姿を通して、いせたくやが称賛した嵩の歌詞「僕の命が終わるとき、違う命がまた生きる」のように、「当たり前」のことを忘れない大切さも描かれた。何でも共有していた嵩ですら、のぶに岩男とリンの話は語れずにいたように、また八木が蘭子に戦争体験を語れずにいたように、深い傷が癒えるには気の遠くなるような時間が必要であり、それを解決できるのは「時薬」しかないという当たり前のことも思い出させてくれた。
一方、観客席には、のぶの茶道教室の生徒・中尾星子(古川琴音)もいた。アンパンマンの魅力に早くから惚れ込む星子は、やなせ夫妻の意志を受け継いでいく人物として描かれており、星子のモデルは、やなせの秘書を長年務めた現やなせスタジオ代表の越尾正子さんと見られる。
ちなみに今週も、のぶを見てついでに頭を下げた風の蘭子へのツッコミ、もはやお約束となっている嵩のためにあんぱんを焼いてくれと言うのぶのモノマネ、自分の顔を食べさせる「怪物アンパンマン」という毒舌まで、阿部サダヲ節は絶好調。これらはすべて台本通りだが、その絶妙な演技は見事だ。シリアスな場面の後は安定の江口のりこの自在のボケと、本作で発掘された高橋文哉のコメディセンスの掛け合いで緩急をつける演出も健在だった。
いよいよ次週は最終週。アンパンマンをさらに遠くまで飛ばすテレビアニメ化や、嵩とのぶが、そして、星子をはじめ受け継ぐ人達の存在がどう描かれるのか注目したい。
文/田幸和歌子


