毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「あまりに美しいラブシーン」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】こんなにも純粋な王道ラブストーリーとは...トキ(髙石あかり)の人生を肯定する「スキデス」の言葉
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第13週「サンポ、シマショウカ。」は、折り返し地点。
トキ(髙石)は夜な夜なヘブン(トミー・バストウ)に怪談を語り、昼間は二人で怪談の舞台を訪ねるなど、二人の時間を重ねていく。しかし、ヘブンは滞在記を書き終えると、日本を去ってしまうかもしれない。
そんな中、トキのもとに別れた夫・銀二郎(寛一郎)から手紙が届く。そこには、銀二郎が松江に帰ってくると書かれていた。銀二郎に会うため、トキが休みを請うと、最初は快諾したヘブン。しかしトキが「知り合いに会う」と知ると、急に顔を曇らせ、「ナルホド......ホリュウ」。にもかかわらず、自分あてにイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)から届いた手紙を読んだ後、急にトキのお休みを許可する。文才があるのに、自身の気持ちを言語化するのが苦手な(というか、そもそも自分の気持ちと向き合おうとしない)ヘブンの言動はかなり子どもっぽい。
かくして銀二郎とイライザが奇しくも同時に松江にやって来ることに。銀二郎はトキとの約束の前日、トキが仕事で不在の間に松野家を訪ね、かつて逃げ出したことを謝罪する。銀二郎はトキとやり直すために来たと言い、東京で会社を興したこと、今は月200円稼いでいるため松野家のお世話ができるくらいになったと明かす。ますます銀二郎応援ムーブをかます現金な松野家。
しかし、トキは複雑な思いだった。ヘブンが急にお休みを許可したのが、手紙を読んだ後ということが引っ掛かっていたのだ。そして、手紙の差出人の名がイライザであることを錦織(吉沢亮)に確認すると、休みの前夜、ヘブンに前の夫と会うのだと話す。暗い顔で「シリアイ、ナイ......」とつぶやくヘブンに、「すみません、つれあいでした」と言うトキは、珍しく棘のある言い方とつくり笑顔を見せる。
「先生も明日、楽しんでごしなさい。イライザさん来るんですね。ええ日になるとええですね」
おそらく互いにこれまで感じたことのない嫉妬心が芽生えているのに、どちらも言葉にせず、あえて「では明後日に。お休みなさい」と"明日"という二人の空白を強調する。
翌日、イライザが上陸。イライザに握手しようと手を出すヘブンに、イライザは「何も変わってないのね」と言い、「会いたかったわ」とハグ。その後もヘブンは花田旅館のツル(池谷のぶえ)にイライザとの関係性を問われても「同僚」と言い、イライザに「せめて大切な人とか大切な友達とか言ってよ!」と反論される。ヘブンはいつもイライザの写真を見ながら手紙を書いていたため、ヘブンの片思いではないかと思っていたが、思いの大きさはむしろヘブン<イライザだったのか。
気まずい空気の中、錦織が合流。二人はヘブンの手紙を通じて互いの存在を知っていたためすぐに打ち解け、イライザはヘブンの書いた記事に憧れて新聞社に入ったこと、ヘブンに日本を勧めたのは自分だと語る。「神秘的なものが好きな彼なら日本を世界に紹介できると思った」と言い、ヘブンは滞在記を書き終える前にイライザを松江に呼んだのだ。
一方、トキは気合を入れて化粧し、家族にツッコまれ、真っ赤な口紅をいつも通りに戻す。薄い口紅はトキの透明な白い肌をますます白く見せ、とびきり美しい。そんなトキと再会した銀二郎は、互いにぎこちなく、距離感がつかめずにいる。しかし、「あの......どげな風に喋ってましたっけね?」と戸惑いや緊張を素直に口にする銀二郎と、同意するトキのやり取りが愛おしい。
二人は思い出の地・清光院に行き、松風の井戸の前で思い出を語った後、月照寺へ。しかし、そこでヘブンとイライザ、錦織と鉢合わせしてしまう。錦織が銀二郎をヘブンに紹介すると、ヘブンは「フトン......」。トキが語ってくれた前の夫から聞いたという怪談「鳥取の布団」の語り主が目の前にいるのだ。銀二郎はヘブンに手を差し出すが、ヘブンはそっぽを向いて握手に応じない。一方、イライザもトキと挨拶を交わすが、「おっちょこちょいのメイドだと聞いている」「気に障ったかしら?」と挑発的な態度だ。
しかし、気まずい空気が流れる中、トキが月照寺にまつわる「大亀の怪談」を知っていると話すと、ヘブンは大興奮で「ハナス! ハナス! シテクダサイ!」
事情のわからないイライザと銀二郎に、トキとヘブンはそれぞれ毎晩遅くまで怪談を語っていて、それをヘブンが書くのだと説明、錦織が通訳する。イライザと銀二郎の顔に嫉妬と不安の色が浮かぶが、お堂でトキが語り始めると、錦織の通訳をヘブンが制止。そこからは完全にトキとヘブン二人だけの世界になってしまう。
ヘブンがこの地に溶け込んでいて驚いた、あの人は変わったとつぶやくイライザ。言葉は通じなくても、銀二郎にもその意味は伝わっていた。
その後、トキと銀二郎が湖畔を歩く中、銀二郎はかつての約束を覚えているかとトキに尋ねる。それは、怪談落語の牡丹灯籠を一緒に寄席に聞きに行くというもの。銀二郎はその約束を守り、まだ聞いていなかったのだ。そして、一緒に東京に聞きに行こう、やり直したいと、思いを伝える。
一方、イライザはトキが本当にただの女中なのかとヘブンに尋ねるが、ヘブンはそうだと言い、たまたま怪談に詳しい彼女のおかげで滞在記が「特別なもの」になると語る。イライザの質問とヘブンの答えが噛み合っていないのは、ヘブンが逸らしたのか。ヘブンがトキのスタイルで怪談を語ろうとすると、イライザはそれを制止し、どこかあたたかい土地に行って一緒に滞在記を書こうと提案する。トキと銀二郎、ヘブンとイライザがそれぞれどんなやり取りをしたのか、どう答えたのかは一切描かれない。
そして、銀二郎をトキが、イライザをヘブンが花田旅館に送り、再び顔を合わせた4人。トキは銀二郎に、ヘブンはイライザにおやすみを告げ、旅館を出たトキとヘブンは「おやすみなさい」と告げて別れる。笑顔で橋を渡りながら立ち止まり、トキの頬を涙が伝う。その様子を窓から眺める銀二郎。すると、隣室のイライザが声をかけ、「私とあなた、一緒ね」と呟く。声色から察した銀二郎は「はい」とだけ答える。
翌日、銀二郎は松野家を訪ね、トキを諦めると報告する。銀二郎はトキを愛している、「だけん、幸せになってほしい。だけん、諦めます」と言う。そして、いつか東京に怪談を聞きに来てほしい、そのときは自分とじゃなく、「あの人」とでいいと伝えるのだ。
その後、橋の前で顔を合わせたトキとヘブン。それぞれ一人になった二人だが、ヘブンが散歩に行くと言うと、トキが声をかける。
「あの......私もご一緒してええですか」
そこから流れるオープニングは、全面白地にクレジットの文字だけが流れる。でも、ここまで毎朝観てきた視聴者の脳裏には、オープニングで次々映し出される二人の幸せそうな笑顔と散歩風景が浮かぶ。そして、手を差し出すヘブンと、首を横に振り、戸惑い、やがてその手を握るトキ。あまりに美しいラブシーンだ。
互いに尊敬や憧れの思いを抱きつつも、「人を好きにならない」と決めたヘブンの心に踏み込むことはできず、運命の地・松江と、運命の人・トキと出会わせてしまったイライザ。東京で成功してもなお、都会の女性に目もくれず、元妻を一途に思い続け、共通の趣味・怪談も愛し続け、約束も守った銀二郎。にもかかわらず、互いに言葉を介することなく、しかし、トキとヘブンの間には言葉以上に残酷なほどに濃密なつながりがある。いや、トキが紡ぐ、それをヘブンが聞く「怪談」こそが、告白を越えた、二人が互いを思う言葉なのだろう。はからずも二人の存在が、これまで目を背けてきたトキとヘブンそれぞれの思いを自覚させてしまった。なんとうらめしく切ない別れと始まりなのだろう。
極限までセリフを省き、目の色や表情で心の動きを見せ、二人の間に流れる確かなつながりと、他者が入り込めない寂しさ・切なさを見せた脚本、役者、演出の力にはただただ圧倒された。朝ドラ史上でも他に類を見ない至上のラブシーンだったのではないだろうか。
文/田幸和歌子




